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【コラム】受験歳時記7月号「フルカラー」

コラム

表参道

神宮外苑一帯に再開発計画があるようだが、あの表参道の
けやき
並木は守られるのだろうか。『SQUARE』がデジタル化と同時に、フルカラー化される。モノクロだとあの緑の並木は平面的な遮蔽物のようにしか映らないが、フルカラーならば、枝々を飛び交う光と影の奥行きある色模様まで見えてきそうな気がする。

  • SAPIX中学部が刊行する高校受験情報誌

呻き声

駅前の飲料用自販機。すぐ横のポリバケツは朝は空っぽだが、夕方は溢れんばかり。仕事や学校へ向かうサラリーマンや学生が、1本目を買い求めては「今日もしんどいが、行ってくるかあ」とふさぐ気分をねじ伏せ、突撃モードにギアを入れ直す。そして帰りには「今日も終わった、よく頑張った」と自分をねぎらい2本目を飲み干すことだろう。思えば、あのポリバケツの中は、駅利用者たちの今日1日分の愚痴やぼやき、鼓舞と怨嗟の呻き声でいっぱいなのだ。

数年前の『SQUARE』の親子インタビューの中で、寝てばかりいる受験生の息子に小言を言う代わりに、洗濯物に向かってぶつぶつ呟いては気分を紛らしたという母親の発言があった。愚痴や呟きの原因解消が、実際に現実を動かすきっかけになることは、受験生家庭ならありうるかもしれない。

受験体験記

SAPIX中学部の『受験体験記』が刊行された。親子2分冊なので一つの受験の顛末をそれぞれの視点から立体的に読むことができる。親にとって受験は歩いた道だから一本道だが、子にとっては歩いて行く分かれ道である。そんな双方の見方の違いから愚痴や呟きが漏れ、受験にまつわる葛藤劇が今年版にも見られた。

しかも、愚痴や呟きどころでなく、涙ながらの電話。全く勉強せず、授業では居眠りまでしている息子を嘆くあまり、相談の電話口で泣き出してしまう母親の姿がある。息子にスイッチが入るまで口出しせずただ待とうと、母親は腹をくくる。気長に気長に、と自分に言い聞かせる日々。

一方、息子の方は「まだ1年もある」と甘い見通しでいたと体験記でつづっている。過去問で点を取れないと涙ながらに訴えてきたのが入試1カ月前。「まだ1カ月ある」と励ますしかない母親。入試の朝は「合格してくる!」と言い放ってはくれた息子だが、発表日まで生きた心地のしない数日間、ヒリつくような思いで時計の針を見つめる。

そして、その体験記からくみ取るべきは、受験の成否を決めるのは、たとえスタートは遅くても最後の1秒まで食い下がる敢闘精神を持てるかどうかということ。また、この母親のように粘りに粘って勝ち切るには、何カ月にも及ぶ「祈り、信じ、待ち続ける」内心の劇が必要だということだろう。

マスクにすっぽりと覆われたモノクロのような世界が、合格後、一気にフルカラーに一変したかのような特別な受験を体験した今年の新高1生。しかし、入試に真剣に取り組む自分自身と向き合い、それぞれの状況下でさまざまな心情を味わった受験生時代こそ、起伏と奥行きに富んだフルカラーの時間だったのかもしれない。

「受験歳時記」は、受験生とそのご家族に送る、一年の折々に寄せたSAPIX中学部オリジナルコラムです。

【著者】増田恵幸
SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆し、『SQUARE』およびSAPIX中学部ホームページにて連載中。