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【コラム】受験歳時記3月号「宝船」

コラム

ランドセル

父親が縫製や留め金の丈夫さを確かめ、母親が色やデザインに注目した後、「これなんかどう?」と子どもにランドセルを一つ差し示した。すると「こっちがいい」と子どもが手にしたのは、小ぶりで軽そうな品だった。そばで笑顔を絶やさない店員さんに聞くと、こんな答えが返ってきた。
「ランドセルは6年間のお友達ですから、しっくりくるものをじっくりお選びください」

塾選び

SAPIX中学部ホームページの「特集コンテンツ」に、興味深い母娘インタビューが公開されている。まずは、ある塾の授業見学の一コマ。見学後、母親は熱心な授業と感心したが、娘は「暑苦しい」と感じたという。縛りつけるような圧の強さを感じたか、あるいは急かされているような息苦しさか。この娘さんは中学、高校と映像制作や演劇活動に携わっているそうで、企画性のある作品を手掛ける中でアイデアを持ち寄り、自由な遊び心を発揮することもあるはずだ。ところが、この日の授業見学では、みんなで作ることの一体感とは異なる窮屈さや違和感を覚えたのではないか。小ぶりで軽いランドセルのような自在に動ける心地良さにも欠けていたのでは。塾選びに難航しながら、そんな母娘が「しっくりくるものをじっくり選んだ」結果は、物事に対し至って自発的に取り組む「淡々と」という姿勢であったようだ。

楽しい授業には明るい広場のようなところがある。ざわつきや話し声があり、前後の人との勉強に関するおしゃべりがある。国語の選択問題で時間を忘れ根拠を主張し合う活気があり、個々が当たり前のように「淡々と」力を尽くせる空気がある。加えて、苦手な教科の疑問点を授業後、とことん聞ける打ち解けた気軽さもあったようだ。

駅頭で

印象的なもう一コマは、帰りが遅くなった娘を母親が迎えに行く場面。駅頭で立ったまま勉強をしている娘を見るや、一瞬クスッと笑った母親だった。が、おそらくは次の瞬間、「この子は受かる!」と確信したのではないだろうか。少しずつ近づくにつれズームアップしてくる我が子の立像。手にしたテキストにすっかり没入し、行き交う人のざわめきから完全に遮断された一人だけの自習ボックスの中、その無音で透明なクワイエットゾーンの灯りの下で必死に鉛筆を動かしながら立ったままでいる娘。ついぞ近づいてくる母親にまるで気づかず、「あっ、お母さん!」と驚きながら顔を上げた表情の中に、すでに立派に大人びた清々しい高校生を見た気がしたのではないだろうか。

それが証拠に一例を上げれば、インタビューの最後に述べた読者へのメッセージのすばらしさだ。彼女曰く「入試は、自分の足りていないところを見つけて、解決してきたかどうかを問われるもの」。これは、「乗り越える力を身に付ける」という受験の最も大きな意義の一つを、彼女の言葉で言い換えたものであり、人は体験を通して言葉を獲得していくものだと、改めて教えられた気がする。

七福神

この娘さんには弟がいて、受験を控える正月に、本人の代わりに合格祈願の「七福神巡り」をしてくれたという。「エビで鯛を釣る御老人〜」と続けるのが七福神を覚える一般的な語呂合わせらしいが、娘を駅に迎えに行った母親の胸中をさぐりつつ、あえてこんな語呂合わせで福徳をどっさり積んだ宝船を招いてみてはどうだろう。

恵比寿天 駅頭で
大黒天  立ちつつ学ぶ
寿老神  受験の娘(こ)
毘沙門天 ひたむきな
福禄寿  不断の努力と
弁財天  平常心を内に秘め
布袋尊  本命校を掴み取れ!

「受験歳時記」は、受験生とそのご家族に送る、一年の折々に寄せたSAPIX中学部オリジナルコラムです。

【著者】増田恵幸
SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆し、『SQUARE』およびSAPIX中学部ホームページにて連載中。