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【学校訪問インタビュー】慶應義塾高等学校の魅力

インタビュー

慶應義塾高等学校 阿久澤 武史校長先生 慶應義塾高等学校 阿久澤 武史校長先生

どんな生徒もウェルカム 柔軟な思考を持って塾高へ

「塾高」の愛称で親しまれる慶應義塾高等学校は、慶應義塾一貫教育校の中核を担う学校の一つです。開設から70年を超える歴史を継承するとともに、新たな教育もスタートしています。

塾高出身のSAPIX YOZEMI GROUP共同代表・髙宮敏郎が、同校の魅力について、恩師の一人でもある校長の阿久澤武史先生に伺いました。

変わらぬアイデンティティー 校舎が伝える歴史と誇り

髙宮 私は塾高3年生の時の1年間、阿久澤先生に国語を教えていただきました。それから約30年。まずは現在の塾高についてお聞かせください。

阿久澤 約30年たって、変わったところと変わらないところがあります。形として変わらないものの一つは校舎です。ここ第一校舎は慶應義塾が日吉にキャンパスを開いた1934年に建設され、旧制の大学予科の授業が始まりました。次第に戦時色が濃くなり、1944年3月に海軍軍令部が入ったのですが、9月には連合艦隊司令部が学生の寄宿舎を使うようになりました。

髙宮 海軍がこの場所を選んだのは横須賀に近いからと聞きました。

阿久澤 戦後はさらに日吉キャンパスが米軍に接収され、戻ってきたのは1949年です。本校は1948年に開設されたので、1年間は別の建物で授業を行い、満を持してこのキャンパスにやって来たという経緯があります。

髙宮 今やこれほど天井が高く、堂々とした建物はなかなかありません。ここで学ぶと、たとえ海外の立派な建物でも臆せずにすみます。第一校舎が変わらないことは、卒業生にとって大切なアイデンティティーかつ誇りになっています。

阿久澤 建て替えてきれいになるのもいいですが、歴史が感じられ、味のある校舎が残っていることにも意味があります。第一校舎には、海軍や米軍が来た変転の歴史があり、学徒出陣でここから出征した学生もいる。日本の現代史そのもので、今なお地上にも地下にも一大戦争遺跡が眠っています。私自身、「日吉台地下壕保存の会」という市民団体の会長として、キャンパスの戦争遺跡を教育資源に活用することも行っています。

「正統と異端」をキーワードに 新たな“協育”が始まる

髙宮 開設70年を迎えて、新たなキーワードを示されました。

阿久澤 福澤諭吉の建学の理念を中心に据えた「日吉協育モデル-正統と異端の協育-」を展開しています。鍵を握るのは「正統」と「異端」という言葉です。正統とは、塾高生なら誰もが身に付けてほしいバランスの取れた知・徳・体のこと。正統の幹や根をつくるのは毎日の授業で、部活動や課外活動を通じて幹を強くしていく。まずは正統をしっかり身に付けてから個性や才能を磨き、異端の花を咲かせてほしいと考えています。

髙宮 中心に正統があり、そこから異端が生まれてくるというイメージですね。

阿久澤 そうです。授業を通して正統の力を身に付けてほしいので、1・2年生の間はほぼ必修科目のみです。数学は3年生まで学習しますし、理科は物理、化学、生物、地学を全て教えます。

髙宮 服装が自由な学校もある中で、塾高の詰め襟学生服は正統といえます。詰め襟をきちんと着るのは大事なことだと思います。

阿久澤 生徒には詰め襟を着るプライドがあります。生徒が自主的に詰め襟をビシッと着るのは塾高のいいところですね。

髙宮 先生に言われたから着るのではなく、そうしなければ格好悪い。そんな意識は私の在学中からありました。逆に、当時と変わった点は家庭科の必修化。立派な調理室もあります。私たち世代の卒業生からすると隔世の感があります。

阿久澤 むしろ生徒の意識は高いです。特に、体育系の部活を頑張っている生徒は栄養管理への関心が強い。もちろん、ボタンが取れた、ズボンが破れたというときの対処は男子にも必要でしょう。

髙宮 確かにそうですね。他に変化を感じたのは女性の先生が増えたこと。意識的に女性が採用されているのでしょうか。

阿久澤 男性・女性は関係ありません。教育に情熱を持つ優秀な人が選ばれる中で女性の割合が増えたということでしょう。男子校というある意味特殊な環境の中に多様な視点を入れる上でも、女性教員の役割は極めて重要です。

髙宮 かつては1クラス48人で1学年18クラス。現在も18クラス編成ですが、1クラスの人数は変わったそうですね。

阿久澤 1クラス約40人になりました。グループワークやプレゼンテーションの機会が多いので、人数は多過ぎない方がいいですね。

髙宮 学び方が変わっているのですね。

阿久澤 高校生と大学生が合同で取り組む授業を担当した際に感じましたが、塾高生は大学生相手に堂々とプレゼンします。大学受験がない分、そうしたトレーニングをしっかり積んでいますから、問いを立て、考え、発信する力が非常に秀でています。

「日吉協育モデル」を実践する場 新校舎「日吉協育棟」

「正統と異端の協育」を掲げ、開設70年を機に始まった慶應義塾高校の「日吉協育モデル」。未来のリーダーにふさわしい健全な知性と感性を養い、互いに鍛え合いながら社会にイノベーションを起こす気概を育むことを目指しています。

大学や大学院の協力によって最先端の理系分野を学ぶ「理系ノスヽメ」、大学の授業と連携した「日吉学」、同窓会の協力による「将来展望講座」、企業との連携による「マーケティング実践講座」など、「協育」を実践し、具現化するためのプログラムはさまざま。その拠点となるのが2018年に完成した日吉協育棟です。

交流館と創造館の2館からなり、館内には蔵書12万冊を誇る図書室や375名収容のホール、コミュニケーションラウンジなど、日吉キャンパスに集う多様な人たちとつながる空間が用意されています。

「ここで最先端の学問に触れてほしい」と阿久澤先生。卒業生の協力や大学との連携を大きな力に、異端の芽を育て、花を咲かせる取り組みが熱を帯びています。

新校舎「日吉協育棟」

選ばず、全部きちんとやる “定食”型の学びを実践

髙宮 以前と比べて、国際交流のプログラムがかなり進んでいる印象です。

阿久澤 国際交流は特に力を入れている分野です。アメリカ、イギリスの学校と連携した2週間単位の「短期交換留学プログラム」や、2年生の3月から3年生の7月までイギリスの学校にターム(学期)留学する「中期派遣留学プログラム」、慶應義塾全体で実施している「長期留学プログラム:慶應義塾一貫教育校派遣留学制度」があります。

髙宮 長期留学プログラムは、留学費用が奨学金として給付される画期的な制度ですね。

阿久澤 アメリカのボーディングスクールやイギリスのパブリックスクールに長期留学するもので、かなり充実したプログラムです。これらの留学制度をより利用しやすくすることも含め、2022年度から2学期制を3学期制に変更しました。

髙宮 情報やプログラミングについてはいかがでしょうか。大学入試への対応を優先する学校もありますが、塾高の場合、入試対応の必要性がほぼありません。

阿久澤 プログラミングは入試に関係なく、情報の教員が専門的な内容を教えています。

髙宮 校内には美術の作品がきれいに展示されていました。主要教科以外の教科にも一生懸命取り組むのはなぜですか。

阿久澤 全て学ぶことに意味があるからです。私たちが用意するのは、例えるなら定食メニューなのです。

髙宮 好き嫌いせずにバランス良く食べなさいということですね。

阿久澤 進学校はカフェテリア形式で、必要な教科・科目を自由に選んでいくシステムかもしれません。本校はそうではなく、芸術にも体育にもしっかり取り組むという考え方です。体育一つ取ってみても、全日本レベルで活躍した、専門性に優れた教員が多くいます。

髙宮 勉強を頑張る生徒がいる一方で、甲子園や花園を目指してスポーツに打ち込む生徒もいるのが塾高の良さ。何かに全力で取り組む人を間近に見る環境は大事ですね。

阿久澤 塾高には他者を認める文化があります。頑張っている人を認めて、競争心があっても受け入れる。それが都会的でスマートな慶應らしさでしょう。スポーツで飛び抜けている生徒もいれば、勉強が抜群にできる生徒もいることを受け止めるゆとり、おおらかさがあるのです。
そして、失敗しても引きずらない。人生の中で一番多感な時に男子校という特殊な環境の中に身を置くことは、重要な意味を持つと考えています。

自ら道を切り開く 社会の先導者になるために

髙宮 高校時代に尊敬できる仲間に出会い、社会に出てからもきっとどこかで頑張っているとお互いに期待できるのは、塾高卒業生の共通点だと思います。そんなことも先ほどの正統につながるのでしょうね。在学中から、いつかまた彼とつながる機会もあるだろうと思うことで、ちょっとした仲たがいがあっても決定的にはならない。そうした空気はとてもありがたかったです。

阿久澤 人数が多いので、名前も知らない同級生もたくさんいると思いますが、塾高時代のちょっとした出来事や教員の話でつながって盛り上がると聞きます。教員がほとんど異動せず、ずっとここにいる意味も非常に大きいのでしょう。

髙宮 先生が書かれた学校ホームページの校長メッセージには心を動かされました。塾高出身の星野道夫さんに触れておられますね。

阿久澤 星野道夫さんの人生の基礎となったのは、高2夏のアメリカでのヒッチハイクの旅です。大学生の時にアラスカの写真を見て写真家に弟子入りし、アラスカ大学で動物学の勉強をしながら写真家になっていく。自然と人間との共生を訴えた異端の思想家はやがて正統になりました。それは正統の教育環境の中で異端の目を開いていく塾高の理念と重なります。
福澤諭吉は「慶應が社会の先導者をつくっていく」という言葉を残していますが、社会の先導者は組織のリーダーや会社の経営者ばかりではありません。荒野をたった1人で切り開いていくのも先導者です。星野さんはまさに後者。メッセージには、群れるばかりでなく、たった1人でも道を切り開いていきなさいという思いを込めました。福澤の言う独立自尊はそういうことだと思います。

おおらかさや余裕を大切に たくさんの種をまく教育を

髙宮 慶應義塾大学への進学に関して、最近はどのような傾向があるでしょうか。

阿久澤 文系では、最近は法学部政治学科の人気が高いです。私立文系の最高峰だからでしょう。大学入試の偏差値は内部進学にも影響するのかもしれません。卒業後の進路の幅が広いイメージもプラスになっているようです。

髙宮 生徒の志向はその時々で変わるのでしょうね。そうした変遷を目の前でご覧になっていて、私たちの世代と今の生徒では何が変わって何が変わっていないと思われますか。

阿久澤 変わっていないのはおおらかさ、素直さ、余裕です。他者に対して寛容であるところは変わっていません。変わったのはいい意味で教員に頼る生徒が増えたことでしょうか。逆に言うと、教員が以前より生徒に手をかけるようになったということ。塾高には面倒見が悪いイメージがあるようですが、今はかなり良いと思います。

髙宮 意外です。時代の流れですね。

阿久澤 新たな教育ではやはり「日吉協育モデル」の下で展開する協育プログラムが大きいです。社会とつながり、社会に開いていくプログラムとして、生徒にいろいろな種をまいていきたいと考えています。

髙宮 校長としてこれからやっていきたいことを教えてください。

阿久澤 塾高のおおらかな気風を残したい。抽象的ですが、これが一番大事だと思います。種まきのための仕掛けを今後もたくさん作っていきたいですね。

髙宮 これからがますます楽しみです。最後に、受験生の皆さんにメッセージをお願いします。

阿久澤 いろいろな選択肢がある中で、なぜ慶應義塾高校なのか。なぜここで学びたいのかをしっかり見つめながら受験勉強に取り組んでください。

髙宮 ぜひ、こんな生徒に来てほしいという希望はありますか。

阿久澤 どんな生徒もウェルカムです。あえて挙げるとすれば、慶應で学びたいと強く思い、柔軟な思考を持つ人でしょうか。柔軟であれば、われわれがまく種がしっかり芽吹くでしょうから。もちろん、塾高に来ることで柔軟になれる面もありますから、そこは安心してください。

髙宮 塾高の現在の様子がよく分かりました。本日はありがとうございました。