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氷柱花

氷柱花

初メール

花屋の店先に氷柱花が一つ飾られた。いかにも涼しげだが、氷に閉じ込められ香りのしない姿は窮屈そうだ。同じことを思ったのか、下の娘がつぶやいた。「お姉ちゃん、元気にしてるかな?」

「都会で働きたい」と突然、言い出して以来、長女と父親はあまり口を利かなかった。家出同然で東京に発つ日も見送ったのは母親と次女だけだった。その後、団体のバスツアーで上京した父親は、たまたま娘の職場のそばを通った。遠く人波の中に見覚えのある姿! グレーのスーツに身を包み、タブレット片手に同僚たちと談笑し、(さっ)(そう)と闊歩し、やがて近くのオフィスビルに消えた娘の姿を見た。娘は閉じ込められた氷柱花ではなかった。香りと清涼感で周囲をクールに包み込む咲き盛りの花を思わせる娘になっていた。父親は長女に初めてメールを送った。「旅行で偶然、お前のビルを見た。ここでお前は働いてるんだな。何やらじんわり感動した。がんばれ」

片思い

以前、スクエアで父親座談会を企画した時、当日の出席者の一人が発言中に涙ぐんだことがある。聞けば、受験が迫るにつれ、娘が父親と口を利かなくなり、入試の朝も出かける娘をリビングの窓からのぞいていたという。

しかし、国立、私立が不発に終わり、残るは公立だけという最終日の朝、父親は娘に手紙を書き置いて、一時は傾きかけた自営の職場に向かった。手紙の中身は「受験費用の心配はするな、思いっきり立ち向かってこい!」 公立合格発表の夜、それこそ何年ぶりかで娘が飛びついてきてくれたと、うれしそうに話していた。そして、締めくくりの次の一言が、今も忘れられない。「父親なんて、娘に対して、一生、片思いをしているようなものですよ」

明日の風

SAPIX中学部の保護者体験記にも、受験期間中の娘に心の中では何通もの手紙を書き置いたであろうと思われる父親が登場する。まずは3年前の中学受験での苦い過去を思い出した娘が、入試日前夜に突然泣き出してしまったという父親。幸い、励まし合える幼馴染がいたことで立ち返ったらしく、試験当日には上履きを忘れたのに「大丈夫だから」と気をもむ家族を気遣うほどまでに自分を取り戻している。

ところで、中学入試の結果が影を引き「また同じ結果が待っているのでは?」と揺さぶりがかかるような、こうしたケースは少なくない。ただ、まだ起きてもいない出来事を集中すべき今の時間帯にまで立ち入らせまいと食い止める努力は、誰もが行っている。例えば試験中、目の前の一問を解いている間は次の一問など考えてはいない。先の問題を入り込ませずに、今だけのための心のガードを築きながら一問を解いているはずだ。不安とは未来を余計に先取りしすぎることであり、中身が空っぽにならないゴミ袋同様、必ず何かしらわずかに残っているらしい。明日は明日の風に任せ、その後のことは明日が終わってからゆっくり考える。そんな心でいていいのではなかろうか。

一途な願い

また、別のある父親は、とかく「学生のうちは勉強さえできれば」と結果優先で考えがちだった、という。しかし「塾は楽しいよ」の娘の一言で、それまでの見方が一面的であった自身を率直に恥じている。しかし、その後、さらに、それらを覆って余りある真情が吐露され、読み手の胸を深く打つ。冬空の下、コンビニから戻る道すがら、娘の努力が報われますようにと一途に願う場面は、コピーの余熱を腕に感じながら、この父親の声で読んでいるような気がしてくる。吐き出す白い息の一息一息が娘への片思いの花びらとなって氷柱花に埋め込まれていくのを見つめるような思いで。

▶︎ SAPIX中学部のWebサイト「受験体験記」へのアクセスはこちらから

Profile

文/増田恵幸

SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。

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