特別座談会
慶應義塾高等学校×早稲田大学高等学院
自由な学びを謳歌し、良き伝統が息づく
早慶それぞれが大切にするもの
慶應義塾高等学校校長・阿久澤武史先生と早稲田大学高等学院学院長・本木弘悌先生をお招きし、6月13日にSAPIX主催学校説明会を開催しました。終了後にはSAPIX YOZEMI GROUP共同代表・髙宮敏郎をコーディネーターに特別座談会を実施。その主な内容を抄録しました。
慶應義塾高等学校校長 阿久澤武史先生
早稲田大学高等学院学院長 本木弘悌先生
SAPIX YOZEMI GROUP共同代表 髙宮敏郎
「永遠のライバル」として
互いに高め合う存在
髙宮 実は私、平成5(1993)年の塾高卒業生で、高3の時に阿久澤先生にご指導いただきました。公平を心がけて進めますが、少し慶應寄りに見えたらご容赦ください(笑)。
本題に入る前に、この座談会に先立って行われた学校説明会の内容について伺います。まずは塾高の阿久澤先生から。塾高は全校で2000人を超える大規模校でありながら、現在も阿久澤先生自ら卒業研究をご担当されているとのことですが、どのようなテーマを扱っているのでしょうか。
阿久澤 私は国語を担当していますが、それとは別に戦争に関する研究にも長年取り組んでいます。日吉キャンパスにはかつて旧海軍連合艦隊司令部が置かれた日吉台地下壕が残っていますが、その研究を行い、関連する著作も出版しました。テーマは「日吉から考えるアジア・太平洋戦争」です。日吉を起点に、戦争をどう考えていくかという授業を展開しています。
髙宮 続いて本木先生に伺います。学校紹介の際に「時間を大切に」と強調されていたことが印象的でした。ただ、生徒によっては「効率良く成果を出さなければならない」「タイムパフォーマンス重視」という意味に受け取るかもしれません。真意をお聞かせください。
本木 決してそういう意味ではありません。むしろ「慌てなくていい」ということです。人生には失敗もあります。だからといって何もしなくていいわけではありません。大事なのは失敗を次の発展につなげていくことです。歩幅やスピードは違ってもいいので、歩み続ける姿勢を持ってほしいと思っています。
髙宮 昨年のこのイベントでは東京六大学野球春季リーグ戦で早稲田が優勝した話をしましたが、今年は慶應が早慶戦を2勝1敗で制し、完全優勝を果たしました。伝統の早慶戦は優勝決定戦となることも多く、常に大熱戦になります。そこで、春の早慶戦を振り返りながら、両校にとってお互いがどのような存在なのか、お聞きします。
阿久澤 今年の第2戦は天覧試合となり、私も約350人の生徒と神宮球場へ足を運びました。慶應が勝てば優勝という状況でしたが、最後は逆転サヨナラという劇的な結末でした。悔しい結果だったものの、負けてもすがすがしさが残るのが「慶早戦」です。優勝が懸かった第3戦が月曜日になると、塾高では2時限までの授業を終えた後、神宮球場へ向かう伝統があります。生徒たちは「もう一度応援できる」と喜んでいました。
また、慶應にとっての早稲田ですが、体育会各部に定期戦としての「慶早戦」があり、「負けられない」と強く意識する特別な存在です。私自身、アメリカンフットボール部の顧問をしていますが、県大会初戦敗退の直後に迎えた早稲田との試合では大きな力をもらいました。「慶早戦」には不思議な力があります。われわれ慶應の力を最大限に引き出してくれるのです。単なる対立関係ではなく、ライバルとして永遠に意識し合いながら、お互いにより良いものを出し合う、そんな関係だと思います。
髙宮 六大学野球は特別ですね。神宮球場は六大学野球のためにつくられた球場だと聞いています。早慶戦の日程は順位に関係なくシーズン最終週に固定されているのでより特別に感じます。本木先生にとって慶應はどのような存在でしょうか。
本木 早慶戦には独特の伝統があります。例えば、早慶戦に限ってはベンチサイドを毎年変えないという慣例があります。慶應は三塁側、早稲田は一塁側に固定され、2日目も3日目も変わりません。「日差しの関係で不公平では」という話も出ますが、結局変わりません。それも伝統でしょうね。
阿久澤先生のお話にもあったように、早稲田にとって慶應は常にそこにいる、絶えず意識する存在です。確かに、敵対というよりも、互いを高め合うライバルというのが近いかもしれません。高校レベルでは都県が違うため、公式戦で対戦する機会は少ないですが、関東大会や定期戦などでは常に存在を意識しています。競う場面で真っ先に思い浮かぶ学校です。
髙宮 早慶戦でベンチが固定されている背景には昭和8(1933)年の「リンゴ事件」があります。三塁側の応援席から一塁側に向けてリンゴの芯が投げ込まれるという騒動をきっかけに、現在の形態になったといわれています。100年近く前の出来事なので、そろそろ変えてもいいかと思いますが、逆に言えば、それだけ長い歴史と伝統が今に受け継がれているということなのでしょう。
大学受験にしばられない環境で
生徒自ら自由に選んで学ぶことが大切
髙宮 次のテーマは「学びにおける自由」です。大学附属校の魅力は受験にしばられない学びにあると思います。第二外国語や多彩な選択科目があるのも両校の特徴ですね。この学びにおける自由について、まずは本木先生、いかがですか。
本木 学びのゴールは大学受験ではありません。生徒には「好きを形にできるといいね」とよく話します。私は地理の教員ですが、私自身は子どもの頃、犬が大好きで犬種や原産国に加え、各国で開催されるドッグショーの情報まで調べたりするうちに、世界の地名に興味を持つようになりました。そこから関心は地理に向きました。きっかけは何でも構いません。大切なのは私たちが学問への気づきを与え、生徒の能力を伸ばしてあげられるかどうかです。
髙宮 塾高はいかがでしょうか。
阿久澤 本木先生のお話を伺いながら、「本当に塾高と似ているな」と感じました。私たちは大学受験のためだけではなく、その先の学びを見据えた教育を行っています。選択科目や卒業研究、選択旅行など、多くの選択肢を用意しているのもそのためです。自由とは、結局のところ「自分で選ぶことの自由」だと思います。選択肢が多いと迷うこともありますが、その分だけ可能性やチャンスが広がります。生徒が出合ったことや始めたことについては、「やりたいことがあるならやっていいんだよ」と、生徒自身が伸ばしていける環境を整えることが「学びにおける自由」なのだと思っています。
大学との関係の近さを生かし
主体的な進路選択を支援する
髙宮 第二外国語について伺います。国際情勢の変化は生徒の言語の選び方に影響するのでしょうか。
本木 多少はあります。学院ではドイツ語、フランス語、ロシア語、中国語から選ぶことができるのですが、中国語は一定の人気があるものの、国際情勢によって希望者数が変わることもあります。ただ、最初から強い目的意識を持つ生徒ばかりではありません。学び始めてから興味が広がることも多く、英語を相対的に見られるようになったり、新たな言語への関心につながったりします。人気の言語は年度ごとに変化しますね。
髙宮 塾高ではいかがですか。
阿久澤 本校では中国語、フランス語、ドイツ語が学べますが、中国語を選ぶ生徒が多いですね。現代の国際情勢や将来のビジネスなどを意識している面もあると思います。大学受験だけを考えれば、第二外国語の学習は必要ではないでしょう。しかし、その後の人生には大きな意味を持ちます。実際、中国語との出合いをきっかけに語学力を伸ばし、中国と関わる仕事に進んだ卒業生も少なくありません。英語以外の言語に触れることで新しい世界観が広がれば、それ自体が大きな学びになり、知的な刺激にもなるのではないでしょうか。
髙宮 続いて、進路選択について。大学附属校の生徒は学部選びが重要になりますが、この10〜20年で進路選択の方法に変化はありますか。まずは阿久澤先生からお願いします。
阿久澤 昔に比べるとはるかに丁寧な進路選択への支援が行われるようになりました。まず、春には生徒会主催の学部説明会があり、卒業生の大学生から直接話が聞けます。これは全て生徒たちが運営しています。夏休みには各学部のイベントが、秋には学部の先生による説明会もあります。日常的なプログラムでも、研究室体験や大学生コーチとの交流など、大学を身近に感じられる環境が整備されています。こうした機会全体がキャリア教育につながっていると考えています。
髙宮 早大学院はいかがでしょうか。
本木 学院も大学説明会やモデル講義など、多くの機会を用意しています。生徒に特に人気なのは卒業生の大学生による学部説明会ですね。大学生活のリアルな話を聞ける貴重な場になっています。とはいえ、最終的に大切なのは「自分がどこに行きたいか」です。成績だけで進路を決めるのではなく、まず志望を持つことを重視しています。
髙宮 成績の話が出ましたので、医学部進学について伺います。塾高ではどのようなしくみになっているのでしょうか。
阿久澤 医学部への進学には履修条件や成績基準はありますが、成績が良いから医学部を目指すというものでもありません。何より本人の意思を尊重しています。他大学の医学部を受験する生徒もいます。さまざまな推薦制度を利用したり、受験勉強に取り組み、国立大学などに進学したりするケースも少なくありません。自分で道を切り開くことが大切です。
髙宮 早大学院では日本医科大学への推薦制度の枠ができました。日本医科大学の学長のインタビューでも、「学院から来る学生は優秀で素晴らしい」というお話がありました。詳しく教えてください。
本木 最初の推薦生は大学5年生になりました。来年度には推薦枠が2人から3人に増えます。この推薦制度を利用するには、まず一定の学力基準を満たすことが必要で、さらに面接、作文、日本医科大学による選考があります。
推薦枠を増やしていただいた背景には、学力だけでなく、生徒の志や主体的な活動が評価されたことがあると思います。例えば、日本医科大学では一定の成績を取っていれば、一部の授業をオンデマンドで受けられる制度を設けています。これを利用すると受講時間の自由度が増すため、該当する学生はさまざまな活動に取り組むようです。実際、腸内微生物の研究をしている学院出身の医学生が、「バングラデシュの子どもたちに腸内細菌の素晴らしさを伝えたい」と子ども向け教材を作成し、現地で教えたという事例があります。英語が思うように通じない経験をしながらも挑戦を続け、その後の活動につなげました。こうした主体的な学びや探究心が好評価につながったのだと思います。
自由を支える規律と責任が
綿々と受け継がれる校風につながる
髙宮 では、次のテーマに移ります。先日、自由な校風で知られる武蔵高等学校中学校を取材した際、生徒手帳がないという話を伺いました。塾高の校則などはいかがでしょうか。
阿久澤 塾高は自由な学校ですが、何をしてもよいわけではありません。現在は生徒手帳の代わりに「塾高ガイド」という156ページにわたる冊子がありますが、内容は選択科目の説明や学校生活の案内などで、校則に相当する部分はわずか1ページ。それも特別なことは何もありません。「社会で当たり前のことを当たり前に行う」という内容です。
ところで、塾高には制服があります。黒の詰め襟に黒の革靴という伝統的なスタイルですが、これは自由には規律が必要だという考え方に基づきます。福澤諭吉が理想とした英国のパブリックスクールや、旧制大学予科以来の伝統も背景にあります。学生服はスーツと同じで結婚式にも葬儀にも着用できます。塾高にはきちんとした格好で学びなさいという伝統があるのです。
髙宮 早大学院はいかがでしょうか。
本木 学院にも生徒手帳はなく、あるのは「学院生活の手引き」だけ。ただ、細かな校則はほとんどありません。大切なのは規則ではなく、その場でどう判断するかです。学院には教職員と生徒が学校の制度や活動について話し合う「教職員生徒協議会」があります。何かを変えたい場合、自分たちで理由を説明し、責任を持って議論することが求められます。校則を改定したいという話が出たこともありますが、実際に議論をしたところ、優先順位が低いことに気づきました(笑)。自由とは好き勝手に振る舞うのではなく、自分で考えて判断することだと思っています。
髙宮 先日、学院で卒業アルバムの撮影を見学しましたが、生徒たちが思い出の品を持って撮影していて、とても学院らしいと感じました。
本木 その通りです。ラケットやグローブといったクラブの道具や自転車など、生徒によって持ち込む物はさまざまです。同じ写真は1枚もありません。一人一人の個性や3年間の歩みが表れているのが学院らしさだと思います。
髙宮 塾高とは雰囲気がだいぶ違いそうですね。
阿久澤 塾高の卒業アルバムは、制服で整然と撮影されているため、“証明写真”のような雰囲気です。ただ、塾高の自由は他の多くの高校のように学生運動の頃に勝ち取ったような「自由」とは違います。最初から学校文化として自由が根づいています。その根底には福澤諭吉の「独立自尊」の精神があります。自由とは服装や髪形の問題ではなく、自ら考え、自立して行動することです。そうした自由主義の精神と、それを支える規律が慶應義塾の文化として受け継がれているのだと感じています。
自分らしい道を切り開く
卒業生たちに共通する力
髙宮 続いて、両校とも多くの著名な卒業生を輩出していますが、どのような人材を育てたいと考えているのでしょうか。
阿久澤 卒業生の名前を挙げると切りがありません。大切なのは社会的に有名になることではなく、それぞれの分野で信頼されるリーダーになることです。慶應義塾の伊藤公平塾長は「祝福された先導者たれ」とよく話しています。仲間をつくり、信頼され、応援される、そういうバランス感覚のあるリーダーになってほしいということです。有名である必要はなく、自分の場所で周囲に良い影響を与えられる人になってほしい。それが塾高の目指す人物像です。
本木 学院の卒業生には自分の好きなことを追求している人が多い印象があります。必ずしも成功者ばかりではありません。起業して失敗を経験した人もいますが、「起業は3回失敗して、4回目に成功するものだ」と先人の経営者に言われて、4回目に挑戦している大学在学中の卒業生がいます。大切なのは他人から見た成功や失敗ではなく、自分が納得して突き進んでいるかどうかです。自分のフィールドで挑戦を続けるのも学院生らしいと思います。
両校からのメッセージ
髙宮 最後に、両校を目指されている方々にメッセージをお願いします。
本木 実は以前、塾高で非常勤講師を務めていたことがあり、阿久澤先生とも長いご縁があります。今日の話からも分かるように、両校の考え方はよく似ています。ただ、全く同じではありません。受験生にとっては、どちらが優れているかではなく、相性の問題です。偏差値や実績だけでは見えない部分があります。これからの時代は経験値を多く持っているかどうかが大きな違いになります。その中には失敗もあれば、小さなチャレンジもあるでしょう。そうした観点で見たときに、わが子はどんな人に育ってほしいのか、どんな環境が合うのかを考えながら学校を選んでいただければと思います。
髙宮 阿久澤先生はいかがでしょうか。入試で面接を廃止した理由についても一言お願いします。
阿久澤 今春から面接を廃止した理由の一つには、受験生が選択肢を広げ、その上で塾高を選んでほしい、ということもあります。早大学院は本当に良い学校ですし、塾高ともよく似ています。だからこそ、本木先生もご指摘のように、最後は相性です。似ているようで、実は文化や伝統にはそれぞれ違いがあります。兄弟のようですが、違います。その違いがまた面白いのです。そうした点も含めて学校をご覧になり、自分に合う進路を選んでほしいと思います。もし塾高を選んでいただけたなら、責任を持って成長を支えていきます。
髙宮 両校には共通点も違いもあります。ぜひ実際に学校へ足を運び、在校生の様子を見て判断してみてください。本日はありがとうございました。