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滑走路

滑走路

自由人

保護者体験記の冒頭で、小さい頃「右向け、右」と言われては左を向き、毒キノコばかり並べていたという男の子が登場する体験記がある。無論へそ曲がりなのではない。気がついたら横一列の全員が自分のほうを向いていただけであり、自分が美しいと思うキノコを並べていたにすぎないだろう。

そしてそんな息子さんを「自由人」と評して状況をうまく切り分けながら見守っていた母親がいる。幼少期からの海外生活で、クラスを問わず同じテキストを使う塾こそ自分流のスタイル、だから講師が教えのムチを振る「スズメの学校」型ではなく、講師か生徒か見分けづらいほどに「メダカの学校」型のフラットな塾を探していた。周りに合わせて「普通」でいようとするのではなく、たとえ殻を破っても自分なりの意見を持とうとする「自由」を優先してきた。

ジャズとワイン

今春の開成高校の国語入試の大問は、旅する行動作家、川内有緒の随筆で、ワイン片手に二つの旅を回想する文章。ジャズ演奏について2度言及されていることの意味合いを問う問題。その場で調べて分かることなどはもはや問わない。「君はどう思うか、考えるか」を正面から記述させる自由度の高い問題で、まさに前述の「自由人」にとってふさわしいものだったことだろう。

ジャズもワインも高校受験生には馴染みは薄いが、グラスを片手に一人語りする筆者の声に耳を傾ける気持ちで読めたかどうか、読後感を聞いてみたい問題だ。

言の葉大賞

また、ある別の保護者体験記の冒頭には、立川高校合格発表の30分前に自転車でプイと出かけたかと思うと、発表直前に帰宅、合格を知るや「私、この学校の生徒になれるんだね!」と泣き腫らした女子中学生が登場している。

もし受験を終えた各家庭でそれぞれ「我が家の今年の言の葉大賞」を決めるとしたら、この家族にとっての今年の受賞は、体験記のタイトル通りに『娘が喜ぶ顔が見たくて』がかなった瞬間の、泣き腫らした娘さんの、この一言に決まることだろう。

立川周辺

発表30分前という瀬戸際の時間帯に、いたたまれない気持ちを押さえようと出かけた娘さんが自転車でどこをどう乗り回していたかを知る術はないが、その時目にした遠くの山や近くの川は、忘れがたい風景として長く残ることだろう。たしかノーベル文学賞候補として呼び声の高い多和田葉子氏も、立川高校時代には、山や川を眺めながら家からの通学路を自転車で楽しんだと、あるインタビューで答えていた。

高ぶる気持ちを鎮めるにも、安らぐ気持ちを保つにも、立川周辺にはそれにふさわしい風景が点在しているらしい。毎年春先、小学生を励まそうと商店街の発案で立川駅前の多摩モノレール沿いに地元の小学校の卒業生による手書きの言葉を印刷した旗が掲げられるそうだ。中には「万里一空」とか「一念通天」など大人でも思いつかない標語や四字熟語もあるという。

そんな小学生たちの言葉を寝転びながら秋空の中に指で大きく書いてみると、受験というイベントは一つの通過点なのではなく、むしろ大空向けて翼を広げるための滑走路なのかもしれないと思えてくる。

▶︎ SAPIX中学部のWebサイト「受験体験記」へのアクセスはこちらから

Profile

文/増田恵幸

SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。

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