泥んこ修業
ちゃぶ台
SAPIX中学部のWebサイト上に今年も高校受験にまつわる保護者体験記がアップされている。漫画の「サザエさん」に欠かせない舞台要素は主人公よりも茶の間の真ん中に置かれた円いちゃぶ台ではないかと思うことがあるが、毎年保護者体験記を読むたびに、食卓周りで交わされた言葉のやりとりを黙って聞き、生起するさまざまなドラマをじっと見てきたであろうテーブルの、その卓布の白い広がりが目に浮かんでくる。
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二つのケース
ある母親は、入試2週間前での息子の模試の英語の結果にショックを受ける。同じような前例はないものかと過去の体験記を引っ張り出すが見当たらない。そして本番直前、もう手詰まりかと思う間際で、見事にその大ピンチを切り抜けている。また、別のある母親にとって入試に向け順調な息子の唯一の気がかりは内申書の点数だった。国立附属の高校を受けるに当たり、実技4教科の調査書の点数はどれだけ影響するのか。それをどう受け止め対処したかの様子もまた、数少ない実例として大いに参考となるだろう。以上二つの例を、それぞれの息子さんがたまたま同じ校舎に入室し、筑駒高にそろって合格するまでの経緯を語るインタビューの中で明かしている。
感想戦
その二人のインタビューを読むにつけ、塾の良さとは、同じ中学に通っていない者同士が顔を合わせることにあるのだなと今更ながら思えてくる。塾としては当たり前なのだが、実はそれが重要なカギであることに気付く。
同じ練馬区立の中学だが、昼には見かけない「図形を関数論で解く」とか「スマートな解法を展開する」とか、そんな「すごいやつ」が夜になると姿を現すのだ。将棋では投了後、対戦した者同士で双方の指し手の良し悪しを振り返る「感想戦」が行われる。なんと10の220乗もあるという将棋の指し手の中から局面にかなう最善手を導き出すのだから、これほど効果の大きな学び直しはないのだが、実際、それに近い緊張の糸を張って競い合うこの二人の中学生の姿を、練馬校の教室長は何度も見かけている。「授業の活性度は1、2の3!と高まっていく」という。活気ある授業ほど「一つの問い、二つの考え、さらに三つ、四つ」と意見が飛び出す雰囲気があるという。この二人が顔を合わせるや「1、2の3!」の空気へと一変し、まさに「切磋琢磨」の四文字が教室に浮かび上がるような光景が現出していたことだろう。
入試は自分一人だが、受験勉強は自分独りじゃない。そう思えれば「喜び2倍、つらさ半分」がいつの間にか合言葉になるはずだ。
インタビューページ冒頭で右手をグーの形で突き出したお揃いのポーズは、互いの健闘を讃えあう力瘤であると同時に、次に続く後輩たちへとガッチリ手渡す気合いの「喝!」にも見えてくる。
ケルネル田圃
受験までの歳月の一部始終を見聞きしていたちゃぶ台。その真ん中に置かれたご飯茶碗の縁(ふち)からは、盛り立てたご飯の乳色の湯気が立ち上っていることだろう。筑駒高では、まもなく新入生による田植えが始まる頃だ。おそらくはどの生徒も素足の指で泥濘をかき、足首まで水に浸しながら、瑞穂の国の日本で茶碗に盛られるまでのお米の一生をケルネル田圃の泥んこの中から学びとっていくに違いない。

Profile
SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。