もしかしたら
続きのページ
「おにいちゃん、ありがとう」。商品を受け取るや黙って立ち去るコンビニ客の多い中、レジ台にやっと手が届く小さな女の子の元気いっぱいの声は、円満な人間関係に最も必要な習慣は「ありがとうを口癖にすること」だと気付かせてくれる。
変わり者の男性にズルズルと引きずられる女性が主人公の短編小説が読みかけのままだった。その先はどうせ自堕落な共同生活が始まるのだろうと思い、すっかり読む気も失せていた。ただ残りわずかで読み終える量だし「もしかしたら」と思い直し、続きのページを開いたら、どんでん返しの結末が待っていた。村田沙耶香氏の第155回芥川賞作品『コンビニ人間』。全身の細胞が入れ替わったように真新しい姿で窓ガラスに映る自分に気付くラストシーンを味わうと、思わず全国のコンビニ店員に向けて「おにいちゃん、いつもありがとう」と声をかけたくなってくる。
握り合う手
目隠しをしたままブランコを飛び移る空中サーカスはタイミング一つ狂えば大怪我である。長年にわたる欧米陣の上位独占でファンの間では「どうせ白い銀盤には日本人の黒い髪は似合いやしない」との諦めが先に立ってきた冬季五輪フィギュアのペア種目。これもまた同様に、呼吸一つ違えば大怪我だ。とりわけ前評判の高い男女ペアがショートの演技で痛恨のミスをした日、またもや日本人の多くが「どうせ」感を抱いたろう。そして歴代最高点での金メダルという大逆転には日本列島が歓喜した。「どうせ」感で見始めたはずの最終フリーの演技、次々と決めていく大技の連続に日本中が「もしかしたら」と身を乗り出し、空中ブランコさながらの命懸けで握り合う手と手に涙し、どんでん返しの結末に酔いしれた。
たった一問
ところで、こちらの記事でSAPIX中学部 教務部長が「ウチは授業担当者である講師自らがテキスト作成を手がけている珍しい塾です」と答えている。塾にとって第一の商品は「授業」という形のない商品であるが、他方、形ある商品はといえば「テキスト」だろう。入試現場での出題傾向と生きた学習現場である授業との二つをつなぐ中間点に講師が立つことで「最新の入試情報の媒介者」として、テキスト作成の大きな力にということらしい。まるでインとアウトの両方が見通せる物流の結び目に立ち、日々新鮮な商品を入れ替え、棚の並びを毎日更新しているコンビニ店員の隠れた努力とも通じるものがある。
そして想像するに、そんな研究心旺盛な講師陣がテキストの見直しや問題作りを手がけるのは、おそらく授業終了後、机に座り直し、黙々とペンを動かし、たった一問を相手に時間をかけ、何度も解き直し、作り直す時間であるに違いない。毎回1冊配るテキストである。締め切りには追われるが、投げ出したくない。仕事は「どうせ」では始めない。「もしかしたら」で何かをつかむ。ふと卓球の早田ひな選手がさらりと答えていた言葉を思い出す。「成功している人は、その10倍は失敗していると思うんです」

Profile
文/増田恵幸
SAPIX中学部にて高校受験指導、受験情報誌『SQUARE(スクエア)』編集に携わる。2019年定年退職。在籍時より『受験歳時記』を執筆。