【卒業生インタビュー】
筑駒高から東大・東大院に進学後、宇宙への興味から素粒子物理学へ。スイスで最先端の研究に携わる
筑波大学附属駒場高校から現役で東大理科一類に合格し、理学部物理学科を卒業したW.Lさん(SAPIX中学部 明大前校出身)。その後、素粒子物理学をテーマに東大大学院の修士課程から博士課程に進み、現在はスイスで研究生活を送っています。Lさんは何を解明しようとしているのか、そこに高校受験の経験は生きているのか。存分に語っていただきました。(クレジットのない写真は全てW.Lさんが提供してくださいました)
宇宙を構成する根源的な要素を
素粒子物理の実験的手法で解明
Lさんがメンテナンス・運用・較正(こうせい)を担当している検出器(陽電子タイミングカウンター)。「電子の反物質である陽電子を40ピコ秒!(1秒の1万分の1の1万分の1の1万分の1が1ピコ秒)の精度で測定します」Copyright © 2024, K. Afanaciev et al
──なぜ素粒子に興味を持ったのでしょうか。
L 小さいころに夜空の星を見て、「あの星の先には何があるのだろう?」と宇宙に興味を持ちました。宇宙について知るためには、宇宙をどう使うかという応用的な観点で捉えるロケット工学や、マクロ的にその様子を理解しようとする天文学など、さまざまなアプローチがあります。要素還元主義(※)的な考え方をする私は、宇宙を構成する根源的な要素を知りたいと思いました。それにはどうすればいいのか。そんなことを考えていた中学生の時、素粒子物理学を紹介するテレビドキュメンタリーを見て、とても面白く思ったのです。こうして素粒子物理学の道に進むことになりました。
※要素還元主義…複雑な現象を最小単位の構成要素に分解し、それらの構成要素を理解することで、元の現象全体を解明できるとする思考法
──その結果、現在はスイスで研究生活を送られているそうですね。
L 所属しているのは、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 素粒子物理国際研究センター(ICEPP) 大谷航研究室で、博士課程2年です。現在はスイス・チューリヒ近郊のポール・シェラー研究所(PSI)に滞在してMEGⅡ実験に携わっています。
東大では修士課程に入る際、研究室を選ぶのですが、ICEPPに属している研究室は海外出張がほぼ前提になっていました。スイスではPSIの他、ジュネーブ郊外でスイスとフランスの国境をまたぐところに位置する欧州原子核研究機構(CERN)に出張している人もいます。CERNは山手線1周分に匹敵する世界最大規模の円形加速器があることで知られています。
──MEGⅡ実験とは?
L 電子と性質がほぼ同じで、電子の約200倍の質量を持つミュー粒子というものがあります。それが光子(ガンマ線)と電子だけに崩壊する「ミューイーガンマ崩壊」という事象を世界最高感度で探索するプロジェクトです。現在の理論では全く起こらないとされている現象ですが、もし観測されれば、新しい物理の存在を強く示唆することになります。そうした事象を世界最先端の検出器群で捉えようとしているのです。ミクロな世界の希少な事象の観測を通して宇宙誕生初期の謎に迫る実験を行っています。
──素粒子物理学は将来的にどんなことに役立つのでしょうか。
L スポーツをするにしてもゲームをするにしても、ルールを知らないとうまく立ち回れません。それと同じで、われわれの世界のルールをきちんと理解すれば、人間はより豊かな暮らしができるようになると思います。例えば、今では誰もが使っているスマートフォンは、ミクロの世界のルールを明らかにできたからこそ生まれたものです。
快適なスイスでの研究生活に感謝
アカデミアの社会的立場に不安も
スイスでの住まいの外観。「スイスでは、学生はアパートを複数人でシェアするケースが多く、現在はフラワーショップの2階にモロッコ出身とイタリア出身の学生の3人で暮らしています」。ヨーロッパでは日本語の1階を0階としてカウントするので、スイスでは1階に相当する
──スイスにはいつ頃まで滞在されるのでしょうか。
L 博士の学位を得るためには、PSIでの研究成果に自分がどれだけ貢献しているのかを論文で示さなくてはなりません。博士号に値する水準に達するまでにはいくらでも時間がかかります。
ただ、スイスでの生活自体はすごく快適で、気に入っています。PSIでの研究仲間2人とルームシェアをして暮らしていますが、彼らとのたわいない会話も生活を彩る大切な要素で、今の環境に感謝しています。
──博士課程を修了しても、そのまま研究を続ける予定ですか。
L 研究は面白いのですが、生活のことを考えると、正直、アカデミアの社会的な立場の不安定さを心配している自分もいます。
少し古いですが、東大理学部で博士号を取った後の進路として、3分の2がアカデミア、残り3分の1が就職という統計を見たことがあります。エキサイティングな研究の現場と変わりゆく社会情勢における自分の立場とをてんびんにかけ、これから考えていきたいと思っています。
──研究職にはどのような人が向いていると思いますか。
L 修士課程の一時期、自分は研究に向いていない気がして、就活をしたことがありました。運良く内定をいただきましたが、消極的な理由で挑戦的な課題から逃げてしまっていいのだろうかと自ら問い直し、改めて博士課程に進学する道を選びました。
取り組んでいる課題に対して問いを立て続けられる人、物事を体系的に理解しようとする人、細かい不明点を見逃さない人が研究職に向いているような気がします。
少人数制で先生との距離が近い
筋道を立てて考える重要性を学ぶ
──高校受験に際し、なぜSAPIX中学部を選んだのでしょうか。入室してからの印象はいかがでしたか。
L 親から勧められました。初めのうちはクラスの優秀な仲間に気後れしましたが、SAPIXは少人数制で先生との距離が近く、コミュニケーションが取りやすい、疑問点はその場で先生に聞くことができる、といった点が気に入りました。私は何かを人と競い合うことに楽しさを見いだせるタイプだったので、クラスメートから刺激をもらいつつ、すぐになじんでいきました。受験勉強は何をどうやればいいのか、先生に相談することもありました。そのアドバイスも参考に、筋道を立てて考え、きちんとこなしていけば、結果は必ず付いてくると感じました。
──苦手な教科はありましたか。
L センスがないと思い込んでいたのが国語です。しかし、論理的なアプローチを教えていただき、筋道を立てて考えることの重要性を感じました。とはいえ、当時はそれがなかなかできませんでしたが……。
科学的なコミュニケーションをする上では、論理的かつ構造的に主張したり、相手の言い分をくみ取ったりすることが必要不可欠です。そのベースはSAPIX中学部で培われた気がします。
──SAPIXの良さは?
L 当時、競い合っていた仲間とは今でも付き合いがあり、彼らはビジネス、法曹、医療などさまざまな分野で活躍しています。自分も頑張らなきゃと思えるのも、SAPIX出身だからこそだと思います。
──後輩にメッセージをお願いします。
L 何らかの問題があるとき、それに対して正しい答えを出せるかどうかの二元論で自分を評価しないでください。正解、不正解に限らず、どんな思考過程を経たのか、自分自身に対して説明できるようになることが重要だと思います。
スケジュール帳
Lさんのある週のスケジュール帳。「ちょっと面白い週のカレンダーです。PSI2025はPSIで開催された3年に1度の国際会議で、次の週が日本物理学会だったので土日に飛行機でチューリヒから成田へ。さらに月曜日に広島まで移動しました。その間も会議はオンラインで開催されているので、片耳をZoomにつなぎ、もう片方の耳で学会の話を聞くということをやったりしています(正直、二兎を追う者は何とかというようにあまりお勧めしません)。また、時差のある活動をしている人に共通する注意事項だと思いますが、右上のSwitzerlandという表記がある部分はとても重要です。今、自分がどのタイムゾーンでカレンダーを編集しているのかに気を付けていないと、間違えた時間に予定を入れてしまって、結局すっぽかすという悲劇が起きます……。普段は日本とのミーティングがほぼ毎朝9時から始まるのに間に合うよう7〜8時ごろに研究所に出て、17時半〜19時半ごろまで研究することが多いです」
ハイキング
「週末に気分転換を兼ねてハイキングに出かけることもあります。スイスといえば『アルプスの少女ハイジ』を思い浮かべる人も多いかと思いますが、まさしくあのような風景が目の前に広がっています。研究所のハイキンググループで一緒に行くことがほとんどです。中でも素粒子理論の研究者とは仲が良く、目当ての場所に向かう電車の中で物理の話をしたり、ハイキング中にお互いの研究の話を共有したりすることもあります」
東大スキー部
「東大の学部生時代にはスキー部に所属し、アルペンスキーをやっていました。これはアルペンスキー強豪国で友達を作るにはうってつけの趣味です。実際、1人でスキーに出かけた際に電車の中で仲良くなった人と、その日はずっと一緒に滑っていました。研究所の友達にスキーを教えてあげたりもしています」

