受験歳時記

[受験歳時記] 第35回「サイレント」

梢(こずえ)の先端の枝先まで色付き終えた並木道。その立体絵画のような木々の装いに母親は思わず声を上げた。「まあ、きれいな紅葉!」すると、野球帽の下から手を引かれた男の子の声がした。「ママ、こうようってなあに?」「黄色だった葉っぱが赤くなることよ」「ふ~ん」と答えてしばらくすると、今度は坊やが顔を輝かせて声を上げた。「ママ、いま、あそこの信号も紅葉したよ」

[受験歳時記] 第34回「グッドラック」

電車が止まると、黒いリクルートスーツの集団がどっと乗り込んできた。吊り革に掴まり、就活の感想をにぎやかに述べ合う学生たち。その様子を、二人の男性が口元に薄笑いを浮かべながら眺めている。

[受験歳時記] 第33回「次の人、隣の人」

前を歩いていた子が急にしゃがみこむと、母親は「汚いから触っちゃだめよ」とたしなめた。紙屑を手に立ち上がった坊やは、驚いた顔をして答えた。「でもパパとお散歩するとき、パパ、いつもこうしてるよ」

[受験歳時記] 第32回「暮らしの音」

テーブルの上のアイスコーヒー。風に押された白いストローが、グラスのふちをクルッと回った瞬間、ビュンと勢いのある音を立てた。続いて吹きつけた風を受けて、またもやビュンと威勢よく鳴った。まるで「俺はここにいるぜ」とでも主張するかのように、1本のストローが偶発的な自然音を奏でてくれる。読みかけの本の中身に、またすんなり戻っていけそうな楽しい演奏だ。

[受験歳時記] 第31回「小さな芽」

読ませるコラムには「型」がある。思わぬところから攻め入り、急所を突く「からめ手(裏門)型」、最初だけ登場し、流れを作って姿を消す「しつけ糸型」、ほんのひと口で味を伝える「ひと粒チョコ型」……。何気ない短い言葉が、ある日、じんわり効いてくる。後になって沁みてくる。いつかの図工の先生の「最初の線は消さないように」のひと言にも、「最初の小さな発見は重大な視点を含む」と絶妙な解説を加えただけで完結、その短さが含蓄なのだろう。

[受験歳時記] 第30回「マラソンゴール」

ある“お仕事ドラマ”の一場面。広告会社の若手社員、明るい性格で取引先からも可愛がられていたが、断れない愛想のよさにつけこまれ、エスカレートする無理難題を次々押し付けられてしまう。救われない気持ちで対応する姿も痛々しい。ひとまずトラブルが収まった後でも、一連のつらかった日々を思い出しては時々泣き出してしまう。そんな悔しさに震える若手社員の話を受けとめながら、肩をぽんっと叩いて励ます先輩社員の一言がよかった。「よし、次、行こう」と。

[受験歳時記] 第29回「サプライズ」

テレビ局が投票所から出てくる若者にマイクを向ける。投票率低迷のなか、こうしてきちんと選挙権を行使する若者の考えを聞いてみようということらしい。国民の権利だからとか、有権者として当然だからとかいった声が返ってくるものと思いきや、一つ聞き逃せない回答があった。「何世紀にもわたり、無数の人が血を流し、命を落としてやっと勝ち取ったのが僕らの今の選挙権なのだ、と昔から父親が言い続けていたから」と。一票の意義を歴史で語り、今という時代を生きた教材として説明できる父親は未だ健在らしい。

[受験歳時記] 第28回「柏餅」

4人がけのボックス型の電車内、いきなり背の高い男性が立ち上がった。見ると家族旅行らしく、同じく立ち上がりかけた奥方を制しながら、1人の老婦人に席を譲ろうとしている。席を譲られ大層恐縮がって座った老婦人は、おもむろに手にしたバッグから紙包みを取り出して、目の前に座っていたこの外国人夫婦の10歳ぐらいの双子の男の子に、どうぞと勧めている。手のひらに一つずつのせられたのは、しんなりとみずみずしい葉にくるまれた柏餅。電車に乗る直前、たまたま駅の構内で10円引きの314円で売られていたのを見つけ、つい買ってしまったらしい。

[受験歳時記] 第27回「コデマリの花」

食事のときはいつも、ほんの少ししか牛乳に口をつけない女の子。その様子を見かねた母親、一計を案じ、娘愛用のガラスのコップの底に外側から花びらのシールを貼りつけてみたそうです。牛乳を入れると隠れて見えませんが、少しずつ飲んでいくと、傾けたコップの底から白い鈴なりのコデマリの花々がだんだんと数を増してくる。飲むほどに鈴の音がにぎやかに鳴り響いてくるようで、心楽しいお食事タイムに、女の子は牛乳のおかわりをするまでになったといいます。

[受験歳時記] 第26回「ボールゲーム」

お醤油が塩味を加えながら具材のうま味を引き出しています。コンロにかけた鍋の中、グツグツ煮える肉ジャガは、角をぽろぽろ丸く崩しながらほっこりしたおいしさをのぞかせています。くし形に切られた玉ねぎと銀杏切りされた人参の間から、さやいんげんの煮汁のからんだ緑色が見えています。塾から、学校から、試験場から帰ってくるや否や、玄関で「お腹、すいたあ」と叫び出すのが百も承知のお母さん方は、今日も、台所で肉ジャガを煮ながら待っていてくれることでしょう。

[受験歳時記] 第25回「肉ジャガ」

お醤油が塩味を加えながら具材のうま味を引き出しています。コンロにかけた鍋の中、グツグツ煮える肉ジャガは、角をぽろぽろ丸く崩しながらほっこりしたおいしさをのぞかせています。くし形に切られた玉ねぎと銀杏切りされた人参の間から、さやいんげんの煮汁のからんだ緑色が見えています。塾から、学校から、試験場から帰ってくるや否や、玄関で「お腹、すいたあ」と叫び出すのが百も承知のお母さん方は、今日も、台所で肉ジャガを煮ながら待っていてくれることでしょう。

[受験歳時記] 第24回「年賀状」

毎年届く年賀状。「賀正」「謹賀新年」「笑顔万福」「吉祥招来」などなど赤くスタンプされたものが多いなか、ユニークなのはハガキの全面に「春賀喜多、春賀喜多」の八文字を大書しただけの賀状。そこには、挨拶の堅苦しさを取っ払った一種ぶっきらぼうな文字が躍り、送り主の変わらぬ人柄と息災ぶりを伝えています。

[受験歳時記] 第23回「カレンダー」

リビングのソファーに座ったまま、しばらく壁のほうを見ていた女の子。何か見つけた、と言わんばかりにうれしそうな表情をして近づいて来て、母親にこう報告したそうです。「ねえ、ママ。カレンダーって、毎月、席替えをしているね」

[受験歳時記] 第22回「読書の秋」

上がりかけた雨の中、片手に広げた傘を持ち、もう片方の手は母親とつないだまま前後に大きく振りながら「あめあめ・ふれふれ・かあさんが~」と元気よく保育園児が帰っていきます。赤信号で立ち止まり、ふと上を見上げて何やら叫んでいます。

[受験歳時記] 第21回「朝の公園」

ある中学校の生徒用昇降口。九月からの新学期が始まると、生徒の下駄箱の前に、細長い簀子(すのこ)がズラリと並べて置かれるようになりました。下履きの汚れを昇降口で食い止めたいのか、「上履きには地べたで直にではなく、簀子の上で履き替えること」という注意書きが貼られています。

[受験歳時記] 第20回「祭りばやし」

今年の夏の甲子園。特に準々決勝の第4試合は、100回目の記念大会にふさわしい劇的な幕切れでした。翌日のスポーツ紙は、連投の豪腕投手を「打者に応じた配球が実にていねい」と高く評価した後で「何でここまでやれるのか」と驚きのひと言を加えていました。

[受験歳時記] 第19回「バックホーム」

二つの時間 駅前広場に丸い形の人だかりができています。輪の中心では山高帽をかぶった恰幅のいい男性が、大道芸の真っ最中。左右に架け渡したロープの上にお皿を一枚滑らせながら、手元で三枚の皿をくるくる回し、さらに白いボールでお…

[受験歳時記] 第18回「森の風景」

夏至は過ぎても半夏生は越すな。稲の正常な生育のためには田植えは半夏生までに済ますものとされ、田舎の小中学校はこの時期に5日間ほどの「農繁休業」に入り、一家あげて田植え作業をしたものでした。7月2日は半夏生(はんげしょう)。――農作業の区切りですが、半夏は植物の名前。耳で聞くだけならば、表の面の半分だけが突然白く変わる花の様子を文字にした「半化粧」とでも書き間違えてみたくなるような名前です。上品でいてしなやかな、折れそうでいてたおやかな響きをもった季節を表す言葉です。

[受験歳時記] 第17回「薔薇」

ダイニングキッチンに置かれた白くて大きな冷蔵庫。そのすぐ横のベビーベッドの中で育った赤ちゃんが、最初に覚えた漢字は「目」だったそうです。なるほど、少し離れて眺めてみると、三段式の冷蔵庫は「目」という漢字に似ています。冷凍室・冷蔵室・野菜室、この三つが別々に飛び出してくる様子を毎日毎日見ているうちに、一画も二画も飛び越えて、いきなり画数が五画の「目」という漢字を覚えてしまったようです。

[受験歳時記] 第16回「ブランコ」

4月1日、店名が変わる百貨店、顔ぶれが変わる新銀行、新番組が始まるテレビ局、改編と刷新の4月のスタートです。ただ、今年の場合は、1日が日曜日ですから事実上2日が初日というところでしょうか。そして、カレンダーを3枚めくった7月も、末日を除けば4月とまったく同じ並びで31個の数字が並んでいます。まるで7月のカレンダーは4月と同じような数字の隊形を組みながら、暦の紙を3枚隔てたところから4月の様子をじっと見守っているかのようです。

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