[受験歳時記] 第50回「アナウンス」

夜の駅

JR高崎線、夜の桶川駅。電車が着くとマイクを通して人を気遣う声が流れる。「桶川〜、桶川〜」のアナウンスが、時に「お怪我は?お怪我は?」と聞こえてくるのだ。疲れた日にはとりわけ心に染みて、マスクの下から「おかげ様で今日も一日無事でしたよ」とそっと小声で返してみたくなってくる。

経験の向上

スーパーで買い物客が若い店員に声を掛けた。「自粛延長でお店の皆さんも大変でしょうね」。すると店員は答えた。「ありがとうございます。でも逆に学ぶことも多いんですよ。今朝も朝礼で店長が「労働」の労の字は『ねぎらい』とも『いたわり』とも読むことを忘れずに働こうと号令していましたが、その二つの気持ちをお客様からたった今、直接お言葉としていただけるなんて、うれしいです」

スクエア205号で北米ボーディングスクールのスタッフが、生徒にとって制限ずくめの現状について「経験を減少させてしまうのでなく、むしろ向上させる方法が必要だ」と述べている。この若い店員の溌剌たる様子は、経験を向上させるとはどうすることかを示す一つの姿勢と言えるだろう。

「励行『し(消毒)・て(手洗い)・ます(マスク)・か(換気)』?」。ある中学校にそんな掲示板があるという。例えば市民プールで入退時にシャワーを浴びるのは、体に付着した汗や汚れを持ち込まず、かつ持ち帰らぬための自然な習慣である。「してますか」の四つの励行も、公共の場への出入口できっちり公私の別をつけるためのシャワー、社会の一員としての弁えを体験学習する機会ととらえれば、必ずや経験の向上につながっていくだろう。

オンライン

素敵に着こなすモデルさんをオンラインショップで見て、エプロンを注文したが、自分が着ると、どうにも割烹着か作務衣にしか見えなかったという投稿があった。スタイリストの助言を受けながら商品を選べるオンラインショップがあれば、ミスマッチを防ぎ、おしゃれ度を格段にアップさせることができたかもしれない。

SAPIX中学部オンライン校が開校した。ヒト・モノ・トコロの新常態が求められるなか、実現した遠隔教育である。授業では双方向、送り手と受け手の「やりとり」がまず欠かせない。交信もできる「出席型」だから講師の逐次のアドバイスを受けることができる。集団授業は、受ける生徒の立場からすると、皆で高め合えるだけでなく、二つの時間、すなわち「一人の生徒も独りにされない時間」と「自分一人になれる時間」が共存している。部屋の照明には室内用と卓上用の二種の灯りが最適であるように、全員に行き渡る時間と手元で一人考える時間の二つが編み込まれることで、時間の切り分け、使い分けも身に付く。

朝の駅

接触と移動が全面解禁された暁に、人出で賑わいそうな駅が大分県にある。電車が着くたびにそれまでの闘いを労うようなアナウンスが流れることだろう。九州の土地柄の抑揚でマイクを通すその声を耳にすれば、きっとマスクを外して心から「ありがとう」と返したくなるのではないか。長く長く待ちわびた、まるで真新しい地球の朝の訪れを告げるような、その駅名とは「夜明(よあけ)」。

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