[受験歳時記] 第49回「くすぐり効果」

風邪の子

共働きで育児奮闘中の若い父親。ある日、まだ幼い子どもが風邪で微熱がある。水分補給にジュースを飲ませようとするといやいやをする。牛乳は? またもいやいや。じゃあ何がいいのと聞くと、日頃の苦労が一気に吹っ飛ぶ答えが返ってきた。小さな指をこちらに向けて「パパ」。

発表会の朝

今日は音楽発表会。高まる緊張を抱えながら、バス停までの道を行く。途中、毎日その前を通る小さな自動車整備工場があり、今朝も早くから人が働いているらしい。ガチャガチャ音を立てる工具に交じって、ときどきタイヤの圧力調整かプシュー、プシューという音が聞こえてくる。緩く気の抜けそうな何とものん気なその空気音が、さっきまでこわばっていた気分まで抜いてくれたようで、じわじわ自分を取り戻せてくる。今日は、うまくいきそうだ。

白いページ、黒いページ

大掃除がてら古新聞を広げたら、去年の10月2日の朝刊の二つのページが目に止まった。一つは株式欄。いつもならびっしりと始値、終値、出来高など数字で満杯のはずだが、この日は数ページにわたり真っ白。前日の東京証券取引所でのシステム障害で、全売買が終日停止。翌日の朝刊はスペースを空けて待機していたが、結果的に白いまま印刷ということになったらしい。

もう一つは地域欄。そこには200校近い都内私立高校の入試要項が取りまとめて載っていた。学校別の小さな枠が隙間なく並んだ一覧掲載からは、ここに注がれたであろう受験生家族の真剣な眼差しが目に浮かぶ。募集人員や選抜日などズラリと緩みなく表示された数値の密集も、本番近しの気配を伝えている。

一方は、活況を呈する企業情報を数字の推移で毎日伝え、他方は、学校経営にとって最重要な募集活動を確定数値で年に一度、一斉に伝えている。いずれも注目する読者の大きな関心を集める「動く」と「動かぬ」の数値報道だ。ただこの日ばかりは全面空白の株式欄には取引関係者の深い慨嘆が立ちこめ、数字が一面を覆う要項一覧の頁には入学選抜に関わる全関係者の張りつめた緊張があった。いずれにせよ奇しくも同日の朝刊に掲載されたすっかり白い頁と細かな数字で黒っぽくすら見える頁には、日々生動する無数の人々の暮らしの大半がある。

他人の指

昨年春のスクエアに合格者インタビューが載っているが、そのなかの一人が本番入試での楽しいエピソードを紹介している。国語の試験開始直後、問題用紙があまりにびっしりと細かな文字で埋め尽くされていたので、やたら黒っぽく見えてきて、思わず吹き出しそうになったという。用紙一面の文字を量や意味でなく表面の色から受けた第一印象で笑顔になったらしい。「あっ、すごい長文!」とひるむのではなく「おっ、すごい黒い!」と、しばし他人事のように驚いているのがユニークだ。

自分だと何ともないが、他人に脇の下を触られると無性にくすぐったい。それがなぜかを解明したのはアリストテレスらしいが、答えは他人の指の動きは予測できないからだという。微熱の子の返事も、工場のタイヤの音も予測できない他人の指と同様、心地よくこわばりを解くくすぐりのようなものだったのだろう。そして入試本番でリラックスするには、むずむずするようなハプニングに出合ったら、「あっ!」ではなく「おっ!」と、くすぐられた笑顔になってみるといいのかもしれない。

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