[受験歳時記] 第48回「ガラスの天井」

目覚め

元日の朝、目が覚めたら牛がいた。胸の上に抱いたまま眠ってしまったらしく、牛のぬいぐるみがブドウの実を嵌め込んだような大きな眼で待ちくたびれたように「モー起きようよ」とせがんでいる。初日の出を拝んだ後の二度寝になるので、丑年は目覚めのいいスタートとなった。

勝利宣言

昨年11月の米大統領選、勝利宣言のテレビ中継。副大統領候補として登壇したカマラ・ハリス氏。黒塗りの高級車を降りた白いスーツの女性大臣が、靴音響かせて政界の中枢に乗り込んでいくドラマのワンシーンを思い起こさせるような颯爽たる登場だった。前回の大統領選ではヒラリー・クリントン氏が敗北を認める結果となったが、その3カ月後の慶應女子高の作文問題では、そのヒラリー氏の敗北宣言からの抜粋が取り上げられていた。そのニュース性は受験生家庭で話題となり、SAPIX中学部の公式Twitterでも紹介されている。

作文問題は、近い将来、ガラスの天井を壊す女性が現れることを願うヒラリー氏の演説の一部に関する考えを問うものだったが、無論、単なる時事問題ではない。女性であるというだけで阻まれ続けてきたキャリアアップの障壁をどう考えるか、やや大げさに言えば、社会の先導者たることを説く開明的な福澤思想の系譜を継ぐ芽を、15歳の女子受験生たちのなかに確認しようとしたと捉えることもできる。そして今回、ヒラリー氏の言葉を受けたハリス氏は、建国以来、正副大統領合わせて92人全員男性が続いた後、ついに最初の女性としてガラスの天井を壊してみせたことになる。

英文のヒント

SAPIX中学部のYouTube公式チャンネルに、英文の比較表現に関する動画がアップされている。興味深いのはas~asには人の気持ちが表されているという視点で、ひらがな一文字、二文字の訳し方に英文を読みこなすヒントが隠れているらしい。動画では相手を2時間待つ例文が出てくるが、それまで生硬だった表現がas long asに注目するだけで、待たされた側の顔にやんわり浮き出た苛立ちをも感じさせる和訳に一変する。別なたとえで言い換えれば「今日は寒い」なら単なる感想だが、「今日は寒いね」と一文字加えてみるだけで、木枯らしの夜道を急ぐ受験生の足音までもが聞こえてくるような、そんな細部の微妙な陰影をも表現できるというわけだ。

言葉の人

政治家は、信念と情熱を真摯に語ることで聴衆に希望を与える人である。そのためには一文字たりとて揺るがせにしない「言葉の人」でもある。今回の演説のなかでハリス氏は、「投票権をめぐり1世紀にわたり闘ってきた女性たちの偉業を私は称えます(原文I stand on their shoulders. )」と述べていた。これまで、歴史は先達から後進へ、上から下へと受け継がれるものと思っていたが、なるほど先行く者の肩の上に、そのまた上にと立つことで、より高みを目指し、天井を壊していくという理解のほうが正しいようだ。

as long asの3語を見落とすと、待つ身のつらさや切なさに気が付かなくなる。たとえば古い枠組みや風潮の陰で長く噛みしめてきた女性たちのひそかな嘆きにも、あるいは寝床の主が二度寝から目を覚ますまで、牛のぬいぐるみがこらえていた退屈さにも。

ページトップへ