[受験歳時記] 第46回「一体感」

作文問題

「あっ、しまった!」 いったん、出掛けはするものの、慌ててマスクを取りに戻ることがある。漢字の世界では、内、肉、傘、齟齬(そご)の順に、1人、2人、4人、8人と倍々で密になり、「人」の字は重要な構成要素のようだが、人間世界でも人の数や距離に敏感になって、久しい。

かなり以前の慶應女子高校入試で、こんな作文問題が出されたことがある。七五三の風景のイラストを一枚載せて、思うところを書きなさいというものである。千歳飴を手にした女の子と、それに付き添う両親。ただし、日本髪で着飾っているのは女の子だけで、左右に立つ両親はデニム地のカジュアルな服。そして、三人とも外国人である。

ある指摘

答案内容の豊かさで差が出そうな出題で、正面切って国際化とか和洋折衷といった点から書いても、文章は途中で息切れしそうだ。そんななか、ある受験生は、こう答えた。日本人の両親ならフォーマルな装いで子どもに合わせるだろうが、イラストの両親のように気楽な平服でも構わない新しいスタイルの提案が必要ではないか、と。全員正装が当然だという、従来の通念や規範めいた常識に疑問を呈した内容だった。

この受験生の指摘は、そのまま今の状況にも当てはまる。いわゆる同調圧力にとらわれそうな一歩手前で、一度自問する必要性を説いている。強制されてではなく、皆で成果を目指しての行動ならば、そこに一体感が生まれるという考え方である。

真っ先に知らせたくて

スクエア最新号に、母子インタビュー記事が掲載されている。受験に向け子どもが本格スタートするまで、母と子の間の言い争いは、数え切れなかったようである。母子だけでなく、父親も合わせた三人分の体験記を読むと、家庭のなかで繰り広げられた悶着の凄まじさがうかがわれる。そして父親の手記にある「やる気が出るまで待つ方針が成就した」の一行には、鉱脈を前に原石がかすかな光を放つまで、ただただ待ち続けた父親の万感の思いが読み取れる。また母親の手記のなかの「コツコツやれば、もっともっといい展開になる」も、恐らく息子との口論の最中に、何度も口にした言葉だろう。同時に、息子に向けた言葉ながら、母親自身もまた、そうあってほしいと切望し、息子のためにも、そうあるべきと、すがる思いで信じ続けた一言だったのかもしれない。

スクエアには息子の部屋の写真も載っていて、壁や天井に貼られた無数の紙には禁止事項や戒めが書き込まれている。あるメモは自分への叱咤であり、またあるメモは、つい漏れ出たうめき声のようであリ、紛れもなく刻苦勉励の日々を過ごしていたことを物語っている。
また、記事には、入試前日に妹から渡されたという手紙の写真があり、くっきりと残る八つ折りの折り目は、試験本番中も兄が握りしめていたかと思わせるリアル感を伝えている。

合格と知るや、ずっと口論とバトルを繰り返してきた母親に、真っ先に知らせたくて、息子は母が働く職場に一目散に駆けていったそうである。たった一本のメールで済む時代に、息せき切って子は母のもとに走ったのだ。

この受験のラストシーンには、強制とはまるで裏腹の、沸騰しそうな思いと自然な一体感がある。

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