[受験歳時記] 第44回「黄色い傘」

通学路

五つの黄色い小さな傘が一列になって歩いて行く。遠くから見るとタンポポの列のようだが、ただし炎天下だ。2mの間隔を保つためらしい。雨を遮り、日差しを遮るだけでなく、この通学区域では、密接を避けるという三つ目の用途として傘が利用されているそうだ。

この日盛りの道を雨降り用の傘をさして歩くという、思えば奇妙な光景だが、社会的距離のために傘を用いるとは、学校現場から生まれた着想らしい。そして、しばらくして傘の四つ目の効用を目にすることができた。

見れば、前方から乳母車が近づいてくる。雨の日に、すれ違う人があり、傘を傾けて道を空けることを「傘傾げ(かさかしげ)」というそうだが、五つの傘はそろって道の外側に傾けられ、開いた道の真ん中を、乳母車を押す母親が頭を下げながら通り過ぎていった。

雨は人を美しく映し出すというが、晴れ渡る好天の下でも、相手に先を譲る何気ないゆかしいしぐさは、五つの小さなタンポポを、大きな5本の大輪のヒマワリのように映すのである。

緑のカート

よく見かけるが、どこで見かけたかを思い出せないことがある。それが偶然、街角のコンビニで店先の緑色の買い物かごをつかもうとした拍子に、はたと思い出したりする。決め手は緑色。近所のスーパーでいつも大きな緑色のカートを押して巡回している店長さんだったりする。

SAPIX中学部の情報誌『スクエア』の8・9月号に、受験ノートの作成テクニックが特集されている。科目ごとに図解入りで実践的だが、自分流のアレンジをどう施すか、どんな目立つ緑色のカートにすれば、理解の定着が図れるか、それらのヒントがたくさん書き込まれている。エピソードを記憶に生かす工夫の違いは、力の差を生む大きな要素の一つだということがよく分かる。

付箋

ノート作りには付箋が欠かせないが、何でもこの「付箋」というものは、接着剤の製造過程でできてしまった失敗作だったという。確かにくっつきやすいが、かつ剥がれやすいとあっては商品にならず、処分されかけたらしい。だが待てよとストップがかかり、今や受験生の必須アイテムの一つである。酸っぱいレモンを掴まされたなら、いっそレモネードにして飲んでしまおうという、積極的発想を「レモネードの原則」というそうだが、付箋もまた、失敗品が大ヒットに生まれ変わったレモネードの1種かもしれない。

満開の桜に時ならぬ雪が降りしきった日がやけに遠い日に思えるが、以来、身を縮めて暮らす毎日は、酸っぱいレモンのような毎日だった。世界がモノトーン一色に染まり、その上、新しい生活への変容を迫られる日々だが、いや待てよ、とストップをかけてみる。これは暮らし方を変えることではなく、暮らし方を増やすことなのではないだろうか。作り変えるのではなく、使い方を増やしてみる。別な使い方がないものかと考えてみる。黄色い傘の小学生が教えてくれたように。

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