[受験歳時記] 第39回「カメラの視点」

えくぼ

「厭(いや)」と「面(つら)」を重ねて書くと「靨(えくぼ)」という漢字になるが、意味と成り立ちがこれほどかけ離れている文字も珍しい。嫌いな顔がよりによって、かわいいポイント大幅アップの頬の窪みを意味するとはなんとも不思議だったが、「厭」には「押し潰す」という意味があると知り、合点がいった。可愛らしさにつられ、ふっくらしたお餅のような頬のへこみにそっと指先を触れてみることは、なるほど柔らかなほっぺたを上から押し潰すように見えなくもない。漢字で書くなら「笑窪」がいいが、いっそ、ひらがなの「えくぼ」のほうが、ホットケーキの柔らかさに、ふんわり笑顔も添えられたような指先の感覚が伝わる気もする。

撮影者

今年も合格発表会場では、たくさんのえくぼの花が咲いた。その様子は今号のスクエアのグラビアページで特集されているが、どの写真からも歓喜の声が湧き上がってくるようだ。撮り手がとらえた光景を、読み手の目の奥にそのまま広げてみせるには、カメラのレンズを介さなければならない。読者に対して興奮を伝え、瞬間を共有しているかのような心地にさせるには、動く被写体を逃さぬ高速連写の技術も欠かせない。名句「閑かさや岩にしみ入る~」は、当初「山寺や石にしみつく~」だったという。その後、山寺を閑かさに、石を岩に、しみつくをしみ入るに、そのたった3カ所を書き直すことに、芭蕉は数えきれない回数の推敲を重ねたらしい。俳聖と呼ばれるほどの人ならば、見たままをその場でさらりと句帳にでも書き込みそうなところだが、ほんのわずかな調整にも、信じられないほどの時間とエネルギーを注いだようである。そうせずにいられないのは、天才芸術家のみならず、全ての表現者にとって譲れない一線があるからだろう。

思うに、その一線とは「見たまま」をではなく、「感じたまま」を伝えたいという欲求なのではないだろうか。実際、芭蕉が見たものは岩だけだが、感じたものは圧倒的な閑寂たる世界である。シャープな描写で「見たまま」を句帳や誌面に落とし込もうとはするものの、自分でも気付かぬうちに「感じたまま」を再現してしまうのが、表現者たちなのだろう。光の角度、明暗の差、映し込む背景は考え尽くし準備はできている。ところが、発表現場での笑顔や涙を目にしてからというもの、レンズのこちら側ですっかりもらい泣き寸前の状態も含めて、自分の「感じたまま」を伝えたいという欲求に支配されてしまうものなのではないだろうか。その上で、またとない「ある一瞬」を狙いすましてとらえた作品が、時や所に関わらず、永(なが)く消えずに刻まれる一句となり、一枚となる。それが、岩にしみ入る蝉の声であれ、喜びに窪むえくぼであれ。

200号

折しもスクエアは号を重ねて200号。辞書ではスクエアは四角や正方形の語義だが、街角の交差点などでよく見かける四角い広場の意味もあるようで、いわば「読者がつくる声の広場」であるらしい。ことさら合格の喜びが飛び交う今号は、そこここで歓声がしぶきとなって湧き上がる、さながら「噴水広場号」と言えるだろう。

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