[受験歳時記] 第38回「卒業」

蛍の光

中学校の校庭の脇道を行くと、卒業式の本番だろうか、「蛍の光」の歌声が聞こえてきた。そういえば二番の歌詞に出てくる「心のはし」を、長く「心の橋」だとばかり思っていた。正しくは「心の端」であり、互いに抱く気持ちはいっぱいでも、それら全てを伝え切るには「幸(さき)く」の一言に託すしかない、という意味らしいと知ったのは、後年かなり経ってからのことだ。別れの時の尽きぬ思いをあえて言葉に委ねれば、「お幸せに」としか言いようがないというところだろうか。

友達と言い争った翌日に、仲直りしたい気持ちをいっぱいに膨らませたら「ごめんね」としか言いようがない。思いを込めて「ごめんね」と言えば、わだかまりの氷が音を立てながら、ゆっくり解けていく気がするものだ。「心の端」とは、そんな言葉にした途端、形を失っていく思いのかけらのことかもしれない。心の全てを届けるには、思いの量が多すぎるのか、言葉の舟が小さすぎるのか、「蛍の光」の二番は、その旋律と相まって、じんわり切なさがにじむ歌詞である。全校生徒による斉唱が終えると、卒業生は一人ずつ椅子を引いて立ち上がる。すっくとした立ち姿は一人ひとり美しい。呼ばれた名前に「はいっ」と返していく声も、まっすぐ張り詰めて響き渡る。

黒板アート

卒業式前日、自分たち中2の美術部員で中3の各クラス担任の似顔絵を手分けして仕上げたことがある。いわゆる「黒板アート」で、結構評判になった。そんな思い出を語るのは、某テレビ局美術部の統括ディレクター。白チョークで引いた線の上をさらに重ねてなぞっていくと、線は濃く太くなり、やがて帯のような幅と広がりを持つ。次に黒板消しを使い、部分的に強弱をつけながら消し残していくと、白チョークのかすれや滲むような濃淡が浮き出てきて、独特の立体感が現れる。そんな表面を消すことで陰影を付けていく「消しながら描く」という手法が広まり始めた頃の中学時代の話らしい。

贈る言葉

ディレクターの思い出話はさらに続き、同じ卒業式の日のある教室でのこと。描き上げた似顔絵の仕上がりに満足しながら横に目を転じると、一枚の色紙が張られており、そこには、その教室の担任からの教え子に対する贈る言葉が書かれていた。そして、その言葉は、若いアシスタントを大勢使うような立場になった今でも、高飛車になり、踏み外しそうになりした時の自分への戒めの原点にしているという。

テレビ局の美術担当は、回っていたカメラが切られ、照明が落とされてからスタジオ入りして働き始める。フリップを何種類も用意し、テロップを何百通りも試作する。そして、スタジオが再び明るくなる頃には、現場からいなくなるという完全に裏方の仕事である。しかし、一つの番組をみんなで作り上げるプロ意識の根っこの部分には、あの日、目にしたあの言葉「花よりも、花を咲かせる土になれ」が刻まれているという。

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