[受験歳時記] 第34回「グッドラック」

黒のスーツ

電車が止まると、黒いリクルートスーツの集団がどっと乗り込んできた。吊り革に掴まり、就活の感想をにぎやかに述べ合う学生たち。その様子を、二人の男性が口元に薄笑いを浮かべながら眺めている。見ればともに七十代ぐらいの元気そうな老紳士、いわゆる団塊の世代か。とうに会社生活をリタイアし、悠々自適の日々を過ごすご隠居という風情。恐らくは「みんなステレオタイプだ」とか「同じ色のスーツで個性がない」とか高みの見物気分で就活生たちを論評しているのだろう。黒のスーツは実社会への鎧(よろい)、揃えて身に着けることで覚悟と連帯感を共有するのだ。まさか、ひとり色違いのスーツで悪目立ちすることが「個性」ではあるまいに。他人と揃えるべきは揃えた上で、自分だけの引き立つポイント、その輝く持ち味こそ「個性」だろう。

腕組み

ところが、まとまった数の学生が降り、車内がぐんと静かになると、こちらの見方が誤解と偏見にすぎなかったことが分かった。最後まで残った三人の学生を相手に老人たちが親しげに話し始めたのだ。どうやら老紳士は現役時代、同じ大手企業に勤めていた同僚の間柄で、三人の学生は数日中にも、老人たちの元職場のその企業を訪問する予定らしい。半世紀の歳月を挟み、同じ会社に入社意志を持つフレッシュマンと退職リタイアした大ベテランとが、偶然同じ車両に乗り合わせたのだから、意気投合するのも無理はない。

話が盛り上がるうちに学生側は、質問する者、スマホにメモする者、腕組みしながら聞いている者と、三人三様の役回りに分かれた。すると、中で腕組みしていた学生が、老紳士から軽く注意を受けた。人の話を考えながら聞いていると、つい腕組みをしてしまうことがあるが、話し手からすると拒否し、気分を害しているかのようにも見える。不安や緊張から無意識に出てしまう癖で、これから企業訪問をするなら、会社の表玄関を入ったときからテレビカメラが回っていると思うと良い。不特定多数の視聴者の前だと思えば、俳優のような主人公気分で、かえって堂々と優雅に振る舞えるようになる、と。

世代を超えて

坂道を自転車旅行の青年が息を切らしながら上ってくる。やがて、すれ違う間際、この若者を力付けるとしたら、ただ「頑張れ!」だけの言葉より、一本の冷たい缶ジュースのような、相手が両手を広げて受け取りたくなる心潤すものだろう。身に染みる励ましは、それまでとは違う気持ちで新たに向き合う気持ちを生むものだ。繰り返すだけだと思う作業は「崩れる砂」だが、積み上げていく仕事は「肥えた土」になる。作業を仕事に変えていくなら、ぜひ、土をより肥沃にしてくれる先輩を持ちたい。

電車を降りた学生は、大先輩に向け、三人揃って窓越しに、きりっと一本、右手の親指を突き立ててポーズを決めた。それに応えて車内の二人も、すっくと親指を突き出した。世代を超えてのグッドラック!

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