[受験歳時記] 第33回「次の人、隣の人」

子どもの爪

前を歩いていた子が急にしゃがみこむと、母親は「汚いから触っちゃだめよ」とたしなめた。紙屑を手に立ち上がった坊やは、驚いた顔をして答えた。「でもパパとお散歩するとき、パパ、いつもこうしてるよ」

聞けば、息子と出歩くとき父親は、一つ拾うとママやこの子に一ついいことがあるんだよと言いながら、ポイ捨てされたゴミを拾って帰っているらしい。そんな父親を真似てこの子も、まるで旅先で見かけた石ころを記念品にしたがっているような表情で、拾った紙屑をしっかり握りしめている。その手の指先の十枚の貝殻のような白い爪は、どこかしら父親の爪の形に似ていて、つい先日、切ってあげたばかりなのに、もうまぁるく伸び始めている。先端がいくらか角張った切り方をしてしまっても、不思議なことに爪は必ず小さく丸みを帯びながら、きれいに均等に伸びていく。親譲りの爪の形と同様に、誰に対しても円満で穏やかな父親の気質も、この子は受け継いでいるのかもしれない。

ドアの扉

かつて慶應女子高の入試で、すぐ後に続く見知らぬ人のためにドアを手で押さえて待つ様子を歌った短歌が出題されたことがあった。作文問題だから正解はないが、優しい思いやりは伝播するから、もしかしたら、このドアは次の人へ、次の人へとそのまま閉じられることがなかったかもしれない。手でドアを押さえるだけでつながっていく心遣いの連鎖は、自分の気持ちを晴れ晴れと明るくするには「次の人」を喜ばせることだと気づかせてくれたことだろう。

5人の高校生

ファストフード店の丸テーブルを囲む5人の高校生。文化祭らしき出し物の企画を練っていたが、結論が出たのか一斉に店を出ていこうとした。と思うや、そのうちの最も先輩格らしき1人が残り、備え付けの布巾でテーブルの上を拭きだした。すると、他の4人も戻ってきて、散らかった椅子をテーブル下に押し込んでいる。しかも1脚1脚を持ち上げながら。椅子を押し込むことは「次の利用者」を思ってのマナーであり、椅子を1脚ずつ持ち上げながら戻すことは、引きずって要らぬ音を立てまいとする「隣の利用者」を思ってのエチケットである。「お客様は神様です」とは、快適空間を当たり前なこととして提供する店側の意識的な努力であり、信条である。それを履き違えて解釈し、勝手放題に振る舞う客も多いなか、きびきびした5人の連携のとれた動きは、実に印象さわやかだった。

心がけカード

寝転がって、思い切り背伸びしたくなるような公園には、来園者の美化意識が浸透している。訪れた誰もが「どうぞ、ゆっくりお過ごしください」という「次の人」へのメッセージを、木々に芝生に残して立ち去る。「いただいた親切は人に返そう」。心の中でそう思ってみることは「心がけカード」のポイントを増やすことであり、「次の人」や「隣の人」に、ほんの子どもの爪ほどの、貝殻一枚分の幸せを配ることの始まりなのかもしれない。

ページトップへ