[受験歳時記] 第31回「小さな芽」

最初の線

読ませるコラムには「型」がある。思わぬところから攻め入り、急所を突く「からめ手(裏門)型」、最初だけ登場し、流れを作って姿を消す「しつけ糸型」、ほんのひと口で味を伝える「ひと粒チョコ型」……。何気ない短い言葉が、ある日、じんわり効いてくる。後になって沁みてくる。いつかの図工の先生の「最初の線は消さないように」のひと言にも、「最初の小さな発見は重大な視点を含む」と絶妙な解説を加えただけで完結、その短さが含蓄なのだろう。

入学試験

SAPIX中学部のホームページにアップされている今年の保護者体験記。その冊子版には、親よりも一つ先の風景をとらえている男子生徒が登場する。

毎晩机に向かう息子の努力を成果として目にしたい母親は、推薦入試の結果を待ちながらも、内心、一般入試を受けずじまいはもったいないと思っていた。ところが、そんな母親の気持ちをカバーして上回ることを息子はさらりと言いきった。「受験勉強って高校でも役立つからするんだよ」。そうか、合格はまだゴールではなかったと母親は思い知る。

入試突破のために始めた勉強が、実は高校学習の準備なのだという彼の発見は、入学試験とは最初の授業なのだということ、今立つ場所は常に次の風景の一つ手前だという重大な視点を、彼に与えたと言えるだろう。

子どもの呟き

保護者体験記は、入試を控えてギクシャクし、衝突しながらもより強固になっていく親子の記録、生の告白集として、受験を迎える家庭には栄養価の高い読み物だ。抜き差しならない切迫した場面を今から少しずつ読んでみることは、心にタフな備えを築くだろう。特に、多く共通して見られるのは、普段見せない子どもの感情の表出や何気ない呟きを、見逃さず聞き逃さない親の存在。

冊子版から一例を引くと、課題をひと通り自力で終えた男子生徒が登場し、感慨にふけるかのようにこう呟く。「いい問題を出すなあ」。解けそうで解けない問題を、どうにかこうにか解いて組み伏せた苦闘の余韻を噛みしめる息子の、そんなひと言を聞き逃さずに記録した母親の姿に、我が子に心血を注ぐ真剣さを感じる。

手離すこと

受験を経て身体も心も大きくなったと、親は誰しも思うもの。ただ、そう思うのは、地平線に近づく太陽ほど大きく見えてくる気がするように、徐々に手元を離れる子どもの姿がまもなく隠れて見えなくなってしまう、そんな名残を惜しむ気持ちからではないだろうか。

そこで親たちは自分自身に言い聞かせ、自分自身を励ますのだ。一日経てば一日分、一年経てば一歳分、子どもをゆっくりと「手離すこと」は、同じペースでゆっくりと外の世界に「手渡すこと」でもあるのだと。受験をすると決めたのは、子どもの小さな強がりにしか見えなかったけれど、あの強がりこそ、わずかに生え出した小さな芽だった。あの時、か細いながらもくっきり引いた最初の線を、我が子は消さずにここまで来たのだ。

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