[受験歳時記] 第27回「コデマリの花」

牛乳ぎらい

食事のときはいつも、ほんの少ししか牛乳に口をつけない女の子。その様子を見かねた母親、一計を案じ、娘愛用のガラスのコップの底に外側から花びらのシールを貼りつけてみたそうです。牛乳を入れると隠れて見えませんが、少しずつ飲んでいくと、傾けたコップの底から白い鈴なりのコデマリの花々がだんだんと数を増してくる。飲むほどに鈴の音がにぎやかに鳴り響いてくるようで、心楽しいお食事タイムに、女の子は牛乳のおかわりをするまでになったといいます。

芽が出てグー、双葉がチョキで、花が開くとパーになる。子どもが草木に親しむには、植物の成長に合わせてジャンケン遊びをしてみればよいかもしれないし、好き嫌いをなくし、完食させようと思ったら、かわいい小ぶりの花びらを絵皿の底にあしらってみてはいかがでしょう。

電車の窓から

新宿から中央線で西へ、途中、窓外に見たおしゃれな家。しばらく眺めていたらぎょっとした。二階の窓から明らかにライオンが顔を出していた、とかいう女性のエッセイがありました。

昨今は電車に乗ると、すぐスマホなので窓外の景色に目をやることが少なくなりましたが、都市部から郊外に出ると、電車の窓から広い畑地や農地の真ん中に、野立の大看板を見ることがあります。いわば野天の大きなバナーのようなもので、病院、工場、商店、学校などさまざまです。おもしろいところでは、いつか山間の空き地にいきなり近くのお寺のものらしき看板が立っていて、寺院名に続けて一行、「かんしゃく(癇癪)のくをとればただかんしゃ(感謝)」とか。単なる駄洒落の域を出ないお寺の説法のようですが、肩がぶつかった、鞄が当たったでトラブルとなる直前にあえて思い出してみれば、その後の大騒ぎを防げるかもしれません。

通勤ラッシュに押され、ドアにへばりつく態勢のままでいたら、窓の外に小学校が見えました。校庭に大勢の生徒が固まり、崩れ、集まり、散らばる様子は集団演舞のようにも見え、白い体育帽の動きだけを追えば、さながらコデマリの白い無数の小花が、群舞、乱舞を繰り返し、思うさま激しく鈴の音を鳴らしているようにも見えてきます。やがて二階の教室の窓が見えだし、窓枠の大きさに合わせて張られた一枚一枚の紙に何やら文字が書かれています。横につなげて読むと「努力は足し算、協力は掛け算」。上り下りの電車が日に何百と通過する線路沿いの白壁の校舎。窓に並んだ大きな文字が生徒に呼びかけるのは積み重ねと団結の大切さ。同時に、毎日毎晩、潰されそうなすし詰め電車から目線を送る数多くの働き手たちにとっては、仕事への奮起と忍耐を訴えるスローガンのように読めるかもしれません。

新入生

その昔は、大の牛乳嫌いだった女の子、今や女性アナウンサーとして、押しも押されもしないキャスターとなり、多分野の論客を向こうに回して、番組を仕切っています。もう10年以上も前ですがと照れながら、大学の入学式での担任の先生の一言が忘れられないという。「明日の朝からは、大学の正門からの並木道の真ん中を、胸を張って歩いて登校してください」4月の木立を吹きわたる風を受けながら、キャンパスの真ん中をまっすぐ歩いてみることで、大学生として歓迎されている高揚感が湧き上がってくる思いがしたそうです。コデマリの花を象(かたど)った記章が、スーツの襟元で陽に照り輝く様子も、新入生当時のまぶしい思い出として今も心に残っていることでしょう。

品のいい店先のお蕎麦屋さん。入ると縦寸の長い2枚巾の暖簾(のれん)が、ゆらゆら揺れている。聞けば幅広の二本の手拭いの端を余して縫い合わせ、店の奥との仕切り代わりに内暖簾としてかけているという。無地に見えた布地には白い小花が浮き出ていて、元々の手拭いに散らしてあったコデマリの花模様らしい。外から中からやさしく吹き込む風に暖簾が揺れると、布地にあしらわれたコデマリの絵柄もそのたびにゆらゆら揺れています。まるで春風に鳴る季節の早い鈴の音を空耳に楽しみながら、野外ででもお蕎麦をすすっているような気がしてきます。

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