[受験歳時記] 第53回「一粒の米」

はやぶさ2

ステイホーム期間中、コンビニのおにぎり1個の米粒を数えた人がいるそうで、聞けばその数え方が涙ぐましい。一粒ずつピンセットでつまんでは400字詰め原稿用紙の枡目に貼りつけていき、6枚目の用紙の途中2112粒まで達したという。

昨年末、52億キロの探査の旅を完遂した「はやぶさ2」。帰ってきたと思いきや、ランドセルを放り出しすぐさま飛び出す子どものように、次の星を目指して元気に航行を続けている。ランドセルの中身は小惑星リュウグウから持ち帰った5.4gの砂。いよいよこの6月から世界14カ国の研究機関による総がかりの分析が始まるらしい。炭素骨格の有無や有機物の検証となれば、無論ピンセットで米粒をつまむような研究レベルではないだろうが、100円玉1枚ほどの重さの砂粒を相手に、これから生命の起源に向けて本格的な探究が始まるのだ。

マスターズ

晴れ渡った日本列島の朝、米国からビッグニュースが飛び込んできた。松山英樹選手のマスターズ・ゴルフトーナメント優勝。日本の男子選手が85年間跳ね返されてきた高く分厚い壁を、メジャー挑戦33度目にして松山選手が初めて突き崩した。延々と続く長いプレーの4日間、終始メンタルの制御に努め、一打一打に集中した。技術面を深く掘り下げて話せるコーチを得たことで、より強くなるには打ち明け、頼れる相手がいることが欠かせないと自覚もした。雷雲接近による77分間の中断も、雨宿りタイムとしてのんびり過ごせた。

今春の都立日比谷高校の国語の入試問題の中に、練習試合で高得点をあげた射撃部員に、監督が問い掛ける場面がある。問われた部員はそこで初めて「怖い」という感覚を知るのだが、確かに雑念が消え、集中力が高まるなか、一対一で標的と対峙する局面は、一種「怖さ」を覚えるものかもしれない。そして銃の構えが乱れれば、体の支えも崩れてしまう危うさを身をもって知る。的をめがけ「倒れない塔」のように微動だにしない態勢から引き金を引く、あるいはクラブを振り切るという点では、射撃とゴルフとは共通するといえそうだ。

起伏

マスターズの舞台オーガスタはアップダウンが多く、狙うグリーンには奥行きがない。手前に広がる傾斜はきつく、窪みや林が占める左側を避け、右へ右へと繰り出すショットには、世界屈指の精度の高さと我慢が要求される。

小惑星リュウグウは岩だらけで平らな場所が一切ない。しかし、地中物質を手に入れるには着地しなければ。岩の斜面と斜面の間のほんのわずかに空いた隙間にそろりそろりと降りていく。10万回に及ぶシミュレーションを経た高精度の制御技術が、決して失敗の許されないこの場面で発揮された。

偉業の大敵は起伏である。オーガスタの連続するアップダウンやリュウグウを覆う険しい岩が、挑む者たちのタフな精神や平常心に襲いかかる。途方もない快挙は見る者の目をくらませるが、内面の起伏や葛藤のコントロールについて教えてくれていることも見逃してはならないだろう。

「はやぶさ2」は機械の塊(かたまり)にしか見えないし、持ち帰ったサンプルは一見、ただの四角い箱である。もしやピンセットの米粒が大発見のヒントに大化けするかも。米粒を数えるなど不要不急の極みだが、役立ちそうにもない地味な作業は、人類の金字塔につながる一粒なのかもしれない。

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