[受験歳時記] 第19回「バックホーム」

二つの時間

駅前広場に丸い形の人だかりができています。輪の中心では山高帽をかぶった恰幅のいい男性が、大道芸の真っ最中。左右に架け渡したロープの上にお皿を一枚滑らせながら、手元で三枚の皿をくるくる回し、さらに白いボールでお手玉も披露しています。

実はこの男性、昼間は「社長、社長」と呼ばれる会社のオーナーで、夜になると街のあちこちに出没し、道行く人におどけた調子で「社長、社長」と逆に呼び止めては、気持ちばかりの見料を受け取っています。昼はまじめに本業をこなし、夜は真剣に曲芸の腕を磨くという、いわば「二つの時間」を生きているわけです。

とかく「上から目線」になりがちな昼も、「下から目線」の相手の気持ちがよく分かる。昼夜で立場を置き換えてみるうちに、自分を押し曲げたり、たわめたり、といった自在さが身についたということです。

甲子園球場

ホースでたっぷりと水を含ませたグラウンドは、生気を取り戻したように濃い土色を見せています。打撃練習が始まり、金属音を放った白球が一直線に宙を切り裂いていきます。ここは阪神甲子園球場。ここでの最も高校生らしい姿と言えば、必死でベースに駆け込むランナーの姿でしょうか。

ただ、もう一つ、選手の動きに合わせて画面の前で大興奮しそうな姿と言ったら、外野手の姿ではないでしょうか。打球に飛びつき、捕球し、ボールを持ち替え、助走をかけ、脚を踏み出し、しなわせた上体のバネの力を弓なりに伸ばした腕の先、指の先、爪の先まで伝えきり、本塁めがけて大遠投~。

この一連の動きを食い入るように見ている観客は、敵も味方も勝敗そっちのけで「バックホーム」と声を張り上げていませんか。外野手の、腕も折れよとも言わんばかりのこの投げっぷりを、もし簡潔に一つの言葉で形容するとしたら「渾身」の二文字に尽きるのではないでしょうか。

甲子園の芝の手入れを受け持つ園芸会社は、水はけのよさとイレギュラーバウンドの少なさで、土壌の保全と管理にかけては右に出るものがいないそうです。水はけを決めるのは土の肌理(きめ)、バウンドを起こすのは土の窪み。土壌の粘度が小さく、平らであるかどうかは、結局はグラウンドに突っ伏して手で触れて確かめてみるのが一番だとか。うつ伏せのまま胸の奥まで吸い込む甲子園の土の香りはどれほど忘れがたいものでしょう。

高校球児

野球から学ぶもう一つは、イニングに裏と表があることです。アウト三つで「攻め」と「守り」が入れ替わる、つまりは「二つの時間」を生きていることです。

球児たちは打席に立って見える風景と外野で守って見える風景の違いの大きさを知っています。一般に、野球部員が電車の中でどんなに疲れていようとも一つの空席をめぐり他の乗客と争っている場面などほとんど見かけません。おそらくは「二つの時間」から養われた心を引き締めるたしなみが身についているからでしょう。野球から習得した「他者を生かす」心がけが自然と実践できるのでしょう。

慎み深さを失うまいとする自覚が胸の中にくっきりと一本の線のように引かれているような気がします。

開成運動会

開成運動会は、花形選手も裏方メンバーも結束して作り上げている大会です。すさまじい展開力、目を見張る個の力、激闘むなしく無念のホイッスル、一気の猛攻に守備陣決壊などなど、W杯日本vsベルギー戦を伝えた朝刊一面の大文字がそのままあてはまりそうな、胸のすくような「渾身」の競技会でした。そして、競技者の勇猛ぶりはもちろんですが、ライン係やスコア係の目立たぬ奮闘ぶりも本気でした。

高校野球では、金属バット一本の製作にも、髪の毛先ほどの狂いもない旋盤(せんばん)技術が注がれ、グリップ、芯、先端と、部位ごとに均等に丸みをつけた形に仕上げられます。土の凹凸と吸水性を見分けながら進める園芸会社の土の保全も「渾身」の作業ならば、角張った素材からバットの美しい曲面をくり抜く切削作業にも「渾身」の技能が投下されています。

そして、開成高校のグラウンドでも、表舞台には出ないライン係が1日順延となった空を見上げながら「渾身」の力を込めて真っ直ぐに一本の白線を引いていたことでしょう。

ページトップへ