[受験歳時記] 第17回「薔薇」

ダイニングキッチンに置かれた白くて大きな冷蔵庫。そのすぐ横のベビーベッドの中で育った赤ちゃんが、最初に覚えた漢字は「目」だったそうです。なるほど、少し離れて眺めてみると、三段式の冷蔵庫は「目」という漢字に似ています。冷凍室・冷蔵室・野菜室、この三つが別々に飛び出してくる様子を毎日毎日見ているうちに、一画も二画も飛び越えて、いきなり画数が五画の「目」という漢字を覚えてしまったようです。

漢字を知識としてではなく全体の形として丸づかみにしてしまう。文字と絵柄の境目がなく、知的理解以前のトータルな形象をそのまま把握してしまう容積の大きさが、赤ちゃんの頭の中には生まれついて準備されているのかもしれません。あるいは、漢字を知らない赤ちゃんにとって冷蔵庫に似た形の文字は、三つの保冷室が頻繁に出し入れされる白物家電のようにパーツごとに使い分けて覚えていくほうが頭に入りやすいのかもしれません。

そういえば、大人になってからでも、難解な問題は丸ごと捉えようとするよりは、切り分けて考えてみるほうが打開できそうなことが多いようです。たとえば、憂鬱の「鬱」は非常に難しい漢字ですが、あるクイズによれば「リン(林)カーン(缶)は(ワ)アメリカン(米)コーヒーを三杯」と上からパーツごとに解体しながら覚えていく方法があるようです。これにならうと、薔薇の「薔」の字は、「草(冠)の下でフタ(ナベブタ)をされたまま仕切られた二人の回り舞台」とでも分解してみれば覚えられそうな気もしてきます。

5月に入ると、店頭に薔薇が並びます。気品ある香りが鉢植えの花の在りかを知らせ、道行く人に心ときめく気配を伝えます。その優雅な姿は、揺れる枝先が織りなす木漏れ日の中でもひときわ輝いて見えることでしょう。薔薇の花園には、このまま迷子になってしまおうかと思わせるような、妖しく艶やかな色彩世界が広がっています。丹念な絹織物のように丁寧に折り重ねられた花びらは、二枚の貝殻を合わせたような形に見えたり、花の色の毛布にくるまれた幼児を抱く母子の姿にも見えたりしてきます。程よく湿った鉢植えに育てた薔薇は、「多めよりこまめ」な水遣りが大切で、手塩と気遣いをふんだんにかけてあげたもの。手数と心遣いを惜しまず注いだ末に、ゆっくりと咲き開く姿をぜひとも目にしてみたくなる花の一つです。

山梨県の保育園に通う6歳の男の子、県内の百名山踏破を目指していましたが、ちょうど百座目となった「杓子山」の山頂に立ち、標高と山名が刻まれた銘木の横で撮った写真が夕刊に載っていました。山の名前には古くからの言い伝えがあり、漢字で書くと難しいものがかなりあります。その最たるものの一つが「瑞牆(みずがき)山」らしいのですが、この男の子には読みも書きもたやすいとのこと。「瑞牆」とは神社の周囲にめぐらされた垣根のことらしく、地上の者が容易に足を踏み入れられない境域を表すようです。たしかに、山巓に立つ者が四囲の緑や空から感じとる高揚感には「瑞牆」の二文字が放つ神々しさがふさわしいように思われます。「瑞牆」の「牆」の右側のツクリは「嗇」(ショク)、意味は「惜しむ」。「嗇」に草のカンムリをかぶせ「薔」という文字にしてみると、むしろ「バラ」という刺々しい語感を離れ、「そうび(薔薇)」という絢爛たるイメージの音読みを当ててみたい気持ちにもなってきます。

この少年は「瑞牆」の二文字を自在に書けるようになるまで、山道を一歩一歩登りながら、一画一画を頭の中で何回も書いては消し、を繰り返したに違いありません。解体したパーツから漢字一つを完成するまでにやり直しの時間を黙々と繰り返すことは、歩を刻んで上り坂を行くことに近いものがあるのかもしれません。

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