「私にも桜が咲いた。よかった」C.Nさん(県立浦和第一女子高校 進学)保護者様より

C.Nさん(県立浦和第一女子高校 進学)保護者様より
朝から冷たい雨が降る合格発表の日、人前で涙を見せることのない長女が「入学許可候補者」の掲示板に自分の受験番号を見つけて涙を流していました。

「私にも桜が咲いた。よかった」

長女は、合格発表の後“ほっ”としたように何度もつぶやいていました。

朝から冷たい雨が降る合格発表の日、人前で涙を見せることのない長女が「入学許可候補者」の掲示板に自分の受験番号を見つけて涙を流していました。挑戦校が不合格となった後、気持ちを切り替えての第一志望校の受験は、精神的に本当につらかったのだと思います。

「あのジャージー(練習着)、着ることができたらかっこいいよね」 JR浦和駅近くで「埼玉県立浦和第一女子高等学校」陸上部のトレードマークともいえるピンク色のジャージーを着ている生徒をたまたま見かけたときから、長女の挑戦は始まったのだと思います。

中学校では陸上部に所属。短距離走では県大会で入賞できるまで記録を伸ばすことができましたが、勉強は「やるべきことはやっているのだけどプラスαが足りないね」と言われ続けていました。そのため定期テストやサピックスの模擬試験の度に一喜一憂していました。そのようななか、迎えた中学三年の一学期の中間テストは最悪の結果でした。期末テストで挽回したものの、県立高校入試では内申書の評価も重要なことから、長女も心の底から「このままでは取り返しのつかないことになる」と感じたようです。部活動を引退した夏休み直前から勉強に臨む姿勢が変わりました。

ここからが長女の面白い(失礼、凄い)ところです。二学期の中間・期末テストとも学年一番の結果を出すことができ、担任の先生からは「(醜いアヒルの子に登場する)白鳥みたいだけど何があったのですか」と驚かれるくらいでした。サピックスオープンも修学旅行で一回は受けられませんでしたが、残り二回で目標だった偏差値を確保することができました。

そして迎えた直前期、家では毎日湯タンポで足を温めながら勉強、サピックスでは同級生に刺激を受けるべく閉校時間ギリギリまで勉強を続けました。

卒業式の日、長女からの手紙には「受験した高校は難関校ばかりでしたが、第一志望校に向けて経験値を上げることができました。ありがとうございました」と書かれていました。四月からは「あひる坂」を通り、憧れだった「埼玉県立浦和第一女子高等学校」に通うことができるようになりました。

最後になりますが、サピックスには長男の高校受験から通算して五年間お世話になりました。長男・長女とも第一志望校合格へ導いてくださった先生方に、心の底から感謝申し上げます。

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