「努力は嘘をつかない ~慶應義塾女子高校への道」R.Iさん(慶應義塾女子高校 進学)保護者様より

R.Iさん(慶應義塾女子高校 進学)保護者様より
「高校受験は努力ですよ」。初めてお会いしたときの先生の言葉は本当でした。

中二の春休みに信頼のおける友人に、「先生方が皆、素晴らしいから、一度会ってみて」と、その一言で大きく私たちの運命が変わりました。私立から公立中学への転校、体調も心配の中、娘はここに通いたいといい、二年間の受験生活が始まりました。

部活に入っていない娘にとっては、サピックスは部活そのものでした。楽しかったと、先生や友達のことを話していました。一年がたち、初めての模試では、慶女に合格など想像もできない成績で、付属の共学でと考えている状態でした。夏前の模試の結果に先生から、「今のままでは、慶女は厳しいよ」と、のんびり屋な娘にも、「これはまずいぞ」と心に響き、そこから目の色が変わり、各科目の先生に、自分に何が足りないのか確認したようです。なかなか目に見えない結果に、「先生に言われた通りやったのに、成績があがらない」と訴えたこともあったようです。夏期講習から、スマホを断ち、ただひたすら勉強に打ち込みました。夏明けの模試では、慶女80%をとったものの、次のテストでは力みすぎてクラス落ちし、自暴自棄になりました。このままでは大変なことになると思い、何度も先生に電話をし指示を仰ぎました。泣いて転んで何かをつかみ、立ち上がることを繰り返し、そうして娘なりに強い心を持てるようになりました。一月の受験後の帰り道、同じZクラスの男子が私に、「〇〇さんは校舎で一番努力をしている人ですよ」と伝えてくれた言葉は、私たち親子にどれだけ励みになったかわからず、今でも忘れられません。二月、過去問の相性がよかった早大本庄学院の数学で満点がとれたものの、得点源である英語の出題が変わり、自分が思っていた通りにはならなかったことに、また号泣し、先生に電話で助けていただきました。

その日に義母も亡くなり、神様はいるのだろうかと。翌日、慶女の受験日には親子ともに目を腫らし、信頼する大好きな先生にパワーをいただき、門をくぐりました。送り出したあと、娘の指のペンだこ、ひたむきに勉強した日々、先生方に指導していただいたことを思い出し、天を仰ぎ、涙が出ました。

「あった!」発表の日、娘の声が、まるで夢の中のようでした。時節、冬季オリンピック開催の中、ここまで頑張った娘に、金メダルをとらせてやりたいと思い、涙が出ることもありました。何度も泣いて転んで、立ち上がった娘は、スマートではない受験生でしたが、先生方が最後まで娘のことをあきらめなかった。

「高校受験は努力ですよ」。初めてお会いしたときの先生の言葉は本当でした。娘を七校全勝合格へ導いていただいた先生方、本当にありがとうございました。

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