「打たれては立ちあがった娘の原動力は」N.Sさん(豊島岡女子学園高校 進学)保護者様より

N.Sさん(豊島岡女子学園高校 進学)保護者様より
四月から憧れの学校で高校生活を送れることに親子共々幸せを感じております。この受験を通して身についた“諦めない心”を持って、高校でも色々なことに挑戦してもらいたいと思います。

娘が私立の難関女子高に挑戦したい、と心に決めたのは中三の夏でした。遅めの決定でした。

そして九月からのサンデーサピックスの門を叩きました。始まってみるとハイレベルな問題にかなりショックを受けていました。そして、一ヵ月過ぎた十月、周りの、娘曰く「すごい」生徒さん達に追いつくべく、本科生になりたい、と決心しました。本科入室後の毎回の授業もとても刺激的だったそうです。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。

九月のサピックスオープンではサピックス偏差値43で、慶應女子、豊島岡女子共に、合格率20%。この時点では「次は10ぐらい偏差値を上げる!」とまだまだ張り切っていました。実際、机にかじりつく生活が始まりました。

しかしながら十一月のサピックスオープンでも九月とあまり変わり映えしないひどい結果(またもや20%)。十二月の慶女プレでも再び突き付けられた厳しい現実(少し上がって25%)。

懸命に努力していた娘は自信をなくし、泣き崩れました。この時点で25%なんて、きっと間に合わない、受からない、と。

しかし、娘はこの数ヵ月、ひどい結果をとってきては泣き崩れ、そして立ち上がり、また泣いては立ち上がり、と何度も挫折と立ち直り、を繰り返していました。

こんなに泣き虫な娘の原動力となったものは何であったのか。それは「先輩方の合格体験記」なのでした。落ち込む度に合格体験記を読み、励まされ、力を戴き、前に進むことができました。しわくちゃになるほど何度も何度も読んでいました。特に「間際までピンチだったのに最後にドラマチックな大逆転を遂げた先輩」のお話が大好きで、「○○先輩はこう言っていた」と覚えてしまうほどでした。そう、サピックスの先輩方の体験記は娘にとって受験のバイブルでした。

年が明けてからは更にスパートがかかり、過去問の得点も目を見張る程上がって行きました。そして、校風に魅力を感じた豊島岡を第一志望とし、推薦入試に挑戦することにしました。入試当日はこれまでにない程の手応えがあったそうです。

合格発表の日、自分の番号を見つけた娘の目からポロポロ流れた涙は、生まれて初めて見せた嬉し涙でした。熱心にご指導くださったサピックスの先生方、刺激をくれた生徒の皆さん、そして力を与えてくださった体験記の先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。

四月から憧れの学校で高校生活を送れることに親子共々幸せを感じております。この受験を通して身についた“諦めない心”を持って、高校でも色々なことに挑戦してもらいたいと思います。本当にありがとうございました。

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