[受験歳時記] 第13回「新幹線」

犬がうずくまれば神奈川県、そして、海に向かってカニが歩き出せば愛知県――昔の地理の時間は、県の形を何かに見立てて県名を覚える、一種、図画の時間のようでもありました。そこからの応用で、たとえば鳥が翼を広げた形の長崎県から琵琶湖の広がる滋賀県に引っ越した場合は「翼を休めに鳥が湖に降り立った」などと、湖畔の風景画でも感じさせるようななぞらえ方をしたものでした。

ところで引っ越しと言えば、島根県の松江市から群馬県の高崎市に移り住んだ者がいます。彼にとって、何と言っても驚くのは空っ風と新幹線だそうです。北関東の風は、日本海の風とは一味もふた味も違うらしく、激しく向きを変え、渦を巻き、かなりな風速で吹きまくります。季節の変わり目はもちろん、二十四節気、七十二候、いや、さらに小刻みに、風向きが変わり、吹き回っては吹き止んで、雨戸の開けたての激しいことには驚かされるそうです。

そして、もう1つが新幹線。関東平野を一望する180度に広がる大パノラマの中を、音も無く超高速で駆け抜ける銀色の流線型には、いつも目を奪われるそうです。林立する高い鉄塔の足元を縫うように見え隠れしながら疾走する姿は、それまであまり目にする機会が無かった者には、感動ものだったことでしょう。昼は白い光となって宙を切り裂き、夜は光の帯となって身をくねらせながら一瞬のうちにすり抜ける。音速を超えて走る姿が見る者の目を惹きつけることでは、高架線上を行く最速のスプリンターでありましょう。

日本初の新幹線が「ひかり」や「こだま」とネーミングされ、「夢の超特急」と呼ばれたのも思えば示唆的です。太平洋の海岸沿いを、波光をきらめかせながら疾駆し去る美しい正体を、自信を持って「見た!」と言いきれた者が果たしていたのかどうか、も疑わしい。もしかしたら、目の前を走る「ひかり」を見たにすぎず、風の中を走る「こだま」を聞いたにすぎなかったのかもしれません。それほどまでに超高速で走る美しい鋼鉄の車体は、目もくらむばかりに未来向けの形状で私たちの目の前に出現したのでした。

透き通るような清々しさと、典雅で高貴な美しさ――それは、新幹線の容姿であると同時に、稜線をオレンジ色に染めながら姿を現す初日の出の姿にもあてはまりそうです。地上をことごとくまっさらに一変する真新しい元日、その朝一番の曙光を浴びた日本人なら、誰もがそうした思いを抱くのではないでしょうか。

さて、毎年、代々木ゼミナール本部校 代ゼミタワーで行われる元日8時間を費やしての終日特訓。昼食時には合格カレーで旺盛な食べ比べを展開します。カリっとした歯ごたえの衣に勢いよく歯を当てるとジュクジュクと口中に広がるヒレカツの肉汁。サクサクとブロッコリーをかじり、シャキシャキとカリフラワーを頬張り、ポキポキとウィンナーを噛み切って、のど元めがけて送り込み、ゴクリと音を立てて呑み下す。そんな勇ましい食欲の競い合いを演じた後は、展望ラウンジでしばらく眺望を楽しんでみませんか。椅子に深々と座りながら、高層階の全面ガラスの大窓から白くかすむ遠方を真っ直ぐ見ていると、地上から高々と浮いた柔らかな座席にゆったりと体を沈めてでもいるような気分になってくることでしょう。直線状に光る軌道を先へ先へと目で追ってでもいるような、広々とした運転室に座っている気分になってきませんか。メタルボディーに身を包み、鋼鉄の車輪を高速回転させる計り知れない大きな動力が、身のうちから湧き上がってくるような気がするはずです。

もし、翼を休めに滋賀の湖に降り立った長崎の鳥が、湖面に映るおのが姿を喜ぶ目にも眩い見事な丹頂鶴であったとしたら、それこそ一幅の大柄な日本画が立ち上がりそうです。湖水を鏡に見立てた鳥のあでやかさこそ、まさに日本古来の正月の風景にふさわしいことでしょう。春は光から始まります。その始発の新幹線、その運転席の窓からは、見渡す限りまっさらです。

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