[受験歳時記] 第5回「お辞儀」~姿勢にこもる心の読み方~

黄色い傘

雨の横断歩道。信号の手前のわずかな窪みにも、あふれるほどの水たまりができ、小さな長靴も埋まってしまうのでしょう。小学生は、少しばかり道路にはみ出しながら青信号を待っていました。

一台の黒い車が放水車のように水を派手に跳ね上げながらしだいに近づいてきます。そして、目の前でもエンジンをふかしたまま、お構いなしの泥水を跳ね上げて、またたく間に走り去って行きました。後続車も5~6台、競うかのように次々と猛スピードで通過、結局、黄色い傘の目の前で速度を落としてくれたのは、最後の最後のわずか1台、大型のダンプカーだけのようでした。

学校の外

学校に着いて、社会科の教科書を開きます。「車社会と私たちのくらし」のページには、手を挙げて笑顔で横断歩道を渡る小学生と、その列をきちんと停車しながら同じく笑顔で見送る運転手さんという平和な構図が、明るいイラストで描き込まれていることでしょう。教科書の中ではそんな円満な人間社会を学びはするものの、校門を一歩出た途端、我先に過激さを競う、荒々しい興奮に満ちた車社会をまざまざと目にすることになるのです。

だからこそ、大型ダンプカーが通りすぎた直後、その子のとった行動は目を奪うものでした。傘を閉じようと、単に向きを変えて前かがみになっただけなのかもしれませんが、広い交差点の対角線のこちら側からは、まるで女の子が走り去ったダンプカーの方向に姿勢正して向き直り、ていねいに頭を下げているように見えたのです。

学校の外は、世の中です。いいことが少なく、いやなことばかりの多い文字通り「寸善尺魔」の世間です。威勢良く水しぶきを上げる意地悪ばかりがまかり通る、教科書とは裏腹の車社会が待っています。その意外なほどに大きな内と外との違いに打たれ、女の子は、スローモーションのように徐行してくれた大型車に、思わずお辞儀をしたくなったのかもしれません。

人が人を好きになるのは、他の人が気づかないようなことを、その人が見つけてくれたときでしょう。きれい好きな女の子がママを大好きなのは、「ほんとにお片づけがお上手ね」と、誰も気づいてくれないことを、いつもママだけがほめてくれるからです。信号待ちの女の子の場合も、誰も気にとめない自分のために、目の前で大きく減速してくれた運転手さんから、人を好きになるということを教えられたと言えるでしょう。信じることのできる人が世の中にはまだまだ大勢いるらしいということを、この大雨の中で、身をもって体験したことになるのでしょう。

桐朋高校の名随筆

東京都国立市にある桐朋高校の数学の入試問題は、先生方の優れた目線に支えられた質の高さで知られています。なぜ、それが成り立つかを考えながら問題に取り組む姿勢を、問題を通して確かめる工夫が凝らされています。

同様に、国語でも毎年、味わい深い随筆の出題があります。中でも忘れがたいのは、かなり前ですが、入院中の母親を見舞う子どもたちの話です。ひとしきり親子のやりとりがあり、最後に、帰ろうと閉めかけた病室のドアのすき間から、チラリと子どもたちが見たものは、自分たちに向けて、ていねいにお辞儀をする母親の姿でした。心がこもる姿勢を人の体で表せば、何とも美しいお辞儀の形になるということが感じ取られる場面です。親子間の会話も踏まえながら、そのお辞儀にこもる思いを答える堂々たる記述問題だったように記憶しています。出典は向田邦子の『お辞儀』。いい作品は、さらに続きが読みたい、他の作品も読んでみたいという気持ちにさせるもので、そうした作品を試験問題として取り上げることが、受験生への名作紹介にもなっているのでした。

もし、あの雨の中の小学生が、ぎこちないながらも形良く、小さく体を折り曲げたお辞儀姿の写真があれば、桐朋高校の名随筆集が並ぶ本棚の写真立てに加えてほしいなどと思っています。

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